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鎌倉時代より由来ある「加賀藩十村役 岡部家」【宝達志水町】
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のとルネアンバサダー、観光担当のっちです!

能登半島の付け根あたりに位置する羽咋郡宝達志水町。

そこに伝統ある「岡部家」があります。

ガイドが常駐し、見応えのある文化財です。

加賀藩十村役 岡部家

宝達志水町。

なんだかとても豊かな町の名前ですね。

昔は砂金が採れたという山のほとりに「岡部家」があります。

大きな茅葺き屋根で、門構えもしっかりとしています。

正面に向って右手側から受付にすすむことができます。

「岡部家」入館料

●開館時間

3月~11月・・9時~最終入館16時(閉館16時45分)

12月~2月・・9時~最終入館3時(閉館15時45分)

●休館日

毎週火曜日(祝日の場合は翌日)・年末年始

●入館料

一般500円

小中学生200円

岡部家 由来

岡部家は、鎌倉時代の源平合戦「一の谷の戦い」で功績を挙げた鎌倉幕府の御家人・岡部六弥太忠澄を祖とします。

鎌倉幕府が岡部六弥太忠澄に与えた領地のうちの一つに口能登(石川県の能登地方の入口周辺のことをこう呼びます)があり、ここに親族を送り込んだのが最初とされています。

岡部家住宅は、江戸時代中期である元文元年8月(1736年)に再建されたもので、石川県指定有形文化財です。

茅葺き屋根を持ち、加賀藩十村役所を務めました。

加賀藩十村役とは、加賀藩二代目前田利長の時代より農村支配の役目を与えられた百姓の頭です。)

江戸時代末期である嘉永6年には、加賀藩主・前田家の能登巡見の際に宿泊本陣を務めています。

能登巡見の際、金沢城を出て22日間でまわったそうで、

行きの道中に宿泊本陣を務めたのは同じ宝達志水町にある十村役「喜多家」。

そして帰りの際に立ち寄り宿泊本陣を務めたのがこちらの「岡部家」です。

お殿様の宿泊本陣は、格式のある家でないと努めることができません。その格式を遺す岡部家です。

茅葺き屋根の保全のために

「岡部家」には、ガイドが2名常駐しており、その時のお客様の状況にもよりますが、基本的にガイドさんの案内があります。

案内に従って進みますよ。

まずは「岡部家」の台所。勝手口から入る、といった様子です。

入った途端に煤の匂いがします!

こちらの囲炉裏は、現在もほぼ毎日使用されています。

午前中、どんなに暑くても火をおこし、薪をくべて燃やすそうです。

そうしてモクモクとした煙が立ち上り、燻すことによって「岡部家」の茅葺き屋根の保全をしているのだそうです。

この作業は週5日間も行われています。

茅葺き屋根は燻されることにより防虫・防カビとなるそうです。

茅葺き屋根の職人は年々激減しており、簡単に屋根の葺き替えができなくなっています。

ですので、自分たちの力で少しでも茅葺き屋根を大切にし、長持ちさせようとのことから、ほぼ毎日燻しているのだそうです。

薪だけで燃やしており、不純物がないので灰が白くて美しいですね。

この燻された香りもなんだか懐かしく、心地よいです。

午前中にくると、この囲炉裏で薪を燃やしている様子を見ることができますよ。

是非、その熱さ、香りを体験してみてくださいね。

大切な保全のために、暑い夏でも薪をくべているスタッフさん達は素晴らしいですね!

能登の材木で能登の大工により建造

こちらは「岡部家」大広間です。

加賀藩主・前田家の能登巡見の際の宿泊では御付の方も入れて700人が来たと言われています。

どうやって?!ここに700人?!

外に通じる「式台」が見えます。こちらは今でいう正面玄関のような役割で、身分が高い人が出入りできる場所です。

カラクリのある格子戸

岡部家の大広間から外を眺める際、こちらの格子戸から見るととてもよく見えますね。

しかし、外から中を見ると、中の様子はよく見えません。

そのカラクリは。。。

格子戸の桟の形にカラクリがあります。

実際に来て、見てみてくださいね!なるほど!と感じますよ。そして是非中からと外からを見比べてみて下さいね。

武者隠しの天井

さて、次の間は大式台がある式台の間です。

こちらはお殿さまが直接入ってくるお部屋です。

天井は、「武者隠し」と呼ばれる造りになっています。

 

周りのお部屋よりここだけ天井が低く作られています。

上は、大人が2~3人ほど入ることができるスペースとなっています。

ここに武者が待機しており、お殿様を四六時中守っていたそうですよ。

そして、何気に可愛いのが、この「釘隠し」!

建築上どうしても釘が必要な場所に、釘を隠すようにこういった細工がされています。

ここは「桃」なのですが他にも扇や鶴があるんですよ。探してみて下さいね!

さて、いよいよお殿様が在住したという間です。

「嘉永六年四月二十二日 前田家十三代藩主斉泰が能登巡視の時に本陣として御泊りになった部屋」

とあります。

お床には、七福神が描かれています。

前田家から拝領「矢屏風」

こちらは大変めずらしいとされている、矢でできた屏風です。

百年以上経過したものですが、よく見ると矢の先の鳥の羽が今も息づいているようです。

当時はとて美しい羽根だったと思われます。

近づいて、見てみて下さいね。

矢がとても生々しいですよ。

美しい庭園です。

「能登の駒造」という有名な庭師によると伝わる、回泉式庭園です。

現在は保全のため水は流れていません。

樹齢四百年とされるラカンマキもあります。

昔は金山だった宝達山

岡部家の後ろにある宝達山(ほうだつさん)は、昔は金山だったそうです。名前に相応しい山ですね。

西暦1500年代に金がでていたとされています。

現在の高齢者さんが小さい頃は、川に砂金採りにいっていたとお聞きします。

いまも、当時の坑道の入口だけ残っているそうですよ。

ちなみに、岡部家の周囲の山はすべて岡部家のものだそうです。

さすが、名家!!

岡部家 資料展示

岡部家の見学をすすめていくと、後半は資料展示の拝観となります。

当時前田家よりの書状や、徳川家より前田家へお輿入れした珠姫様が愛用した雛御膳などが展示されています。

徳川家の葵の紋が入っています。

こちらは雛御膳といい、今でいうおままごとのようなお道具です。

三歳でお輿入れなさった珠姫さまの、大事なお道具でした。

見事な打掛も展示されていました。

この打掛には、加賀藩だけにみられる特徴ある飾り紋があります。写真はあえて一部とします。

能登・中島町の室木邸から岡部家へお嫁にきたときの打掛だそうです。

金糸銀糸で飾られた繊細な模様を、是非ご覧くださいね。素晴らしさに、圧倒されますよ!

魔除けである巴紋の瓦

一通り説明を受け、次は外回りです。

茅葺きの裾は瓦となっており、よく見ると巴紋がはいっています。

これは魔除けの意味があるそうですよ。

そして岡部家のこの造りは雨風が入り込まないそうです。

雪の時は雪囲いがされますが、台風の折にも大丈夫なのだそうです。

先人の建築の技術って、すごいですね!

門の屋根に七福神

こちらは、岡部家の門の屋根です。

よーく見ると、何かいますよ?

これは、七福神の一人。

門の屋根のあちこちにいます。実際にぐるりとまわって探してみました。

ちゃんと7人、いらっしゃいました!

そういえば、お殿様がお泊りになったお部屋のお床には、七福神のお軸がありましたね。

それにちなんで作られたとか。

皆さんも是非探してみて下さいね!

石川県指定有形文化財 加賀藩十村役 岡部家は、歴史と文化と当時の生活の知恵も見られる、

とても価値ある建物です。

能登観光の際には是非、お立ち寄りくださいね。

【岡部家 詳細】

住所 〒929-1413 石川県羽咋郡宝達志水町荻谷ニ42番地
電話番号 0767-29-3497
営業時間/期間 3月〜11月 9:00~16:45
※最終入館者は16:00まで
12月〜2月 9:00〜15:45 
※最終入館者は15:00まで
閉館日 毎週火曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始(令和3年12月29日~1月3日)
料金 一 般 500円<団体20人以上 1名400円>
小中学生 200円<団体20人以上 1名100円>
※就学前の者は無料


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