
能登を訪れる理由は、観光スポットだけではありません。
そこに生きる人に出会うこと、そこで流れる時間を知ること。それもまた、大切な旅なのだと思います。
2024年の地震で、大きな傷を負った能登。
眠れぬ夜を過ごした人、先の見えない不安に押しつぶされそうになった人が、この町にはたくさんいました。
そんな中、七尾の寝具店Sleep inn(スリープイン)は、静かに、けれど確かに、人の眠りを、そして心を支え続けていました。
今回ご紹介するのは、人々の睡りを守り続ける寝具店の店主の物語です。
Contents
眠りの専門店 Sleep inn(スリープイン)
Sleep innさんは、七尾市小丸山大通り沿いにある、眠りと暮らしに寄り添う寝具店です。
同じく七尾市にお店を構える老舗寝具店ムーミンなかがわの4代目が、コンセプトも新たに、眠りの専門店としてオープンさせたお店です。
寝装寝具だけではなく、様々な観点から、快適な眠りに役立つサービスを提供されています。
おしゃれな店内には、布団や枕はもちろん、贈り物に良さそうなセンスの良い小物類がたくさんあります。



ウォーキングが、睡眠の質に影響するからと、歩きやすいシューズも扱っています。


快適な眠りを求めて来店されるお客様の、眠りと暮らしに寄り添い続けているお店です。
震災当日 安否確認後店舗へ
能登半島地震が発災した時、Sleepinnの店主中川裕介さんは、七尾の中で一番高い場所にいた人だったかもしれません。
その場所は城山の展望台。観光地として人気の七尾城の本丸跡より更に高い位置にある絶景スポットです。
誰もいない山の上で、いつものようにジョギングをしていたその瞬間、能登を大きく揺るがす地震が起きました。
「尋常じゃない揺れでした。でも、あの場所では崩れてくる感じはなかったんです」
時計は、夕方4時過ぎ。
薄暗くなり始めた空の下、山の上にひとりきり。サイレンが鳴り響き、「これは相当な地震だ」と、すぐに悟ったそうです。
車は、山を下ったところにある駐車場。奥様はそこで待っていらしたとのこと。
「もしかしたら戻れなくなるかもしれない」と思いながらも、すぐに駐車場に向かって走りました。
下山する途中、車で上ってくる人たちとすれ違います。津波警報が出されていたので、みんな、高い山に登ってきていました。
「僕だけ逆に下ってたんですよね。『なんで降りるの?』って顔をされていました」。
その中に、車で上がってきた奥様の姿があったそうです。ご主人が心配で迎えに来られたようです。
お互いの無事を確かめられたので、そこから街中の渋滞を避けるように、かなり遠回りをしてご実家を見に行かれました。
そこからご自宅へ戻ると建物は無事だったものの、室内は物が倒れ、揺れの大きさを物語っていたそうです。
そして中川さんが次に向かったのはお店でした。
「ガラスが割れてないかが気になって」
幸いガラスは無事で割れた商品もなかったのですが、道路との段差が出来てしまい、車が駐車場に入れなかったそうです。
お店の前の大通りは翌日から通行止めになり、その後片側通行、復旧へに至りましたが、お店との段差の解消まではしばらく時間がかかったようです。
眠れない夜に、本当に必要だったものは布団ではなかった
数日後、少しずつ異変が起こり始めます。日頃から人々の眠りに寄り添ってきた中川さんにとっても、普通ではない状況だったようです。
眠れない人が、能登にあふれた
「眠れない」という声が、急に増えたのです。
夜中に目が覚める。
怖くて、目を閉じられない。
避難所では、音や人の気配で眠れない。
彼自身、日本睡眠教育機構の資格を持ち、日頃から睡眠の悩みに寄り添ってきました。
それでも、この災害は別次元でした。
不安で眠れない人に、どんな声をかけたのか
思い余り、大学教授である睡眠の専門家・宮崎総一郎先生に連絡を取ります。
そのとき返ってきた言葉は、シンプルでした。
「眠れないのは、当たり前です。命の危機にさらされている時、人は本来、眠れないものなんですよ」
「安心しようとしなくていい。眠れなくていい。それが、自然なんです」
この言葉は、中川さん自身の心も軽くしたそうです。
本来、人の体は身の危険を感じると、交感神経が優位になります。それは、生き延びるための正常な反応です。
眠れないことは、弱さではなく生きようとする力なのだと、専門家は言います。
「まずは『眠れない自分を責めないでください』と伝えました」
この一言は、眠れない人々にとって、薬より効いたかもしれません。

七尾の寝具店Sleep inn(スリープイン)が「震災後も店を閉めなかった理由」
年明けの1月。
街は止まり、観光も消え、日常は消えました。中川さんのお店は、片付けを終えて、5日から営業を始めていました。お客様は来られたのでしょうか?
地震直後、店はどうなったのか
「正直、売上はまったくでした」それでも、店を閉める選択はしませんでした。
「売るためじゃないです。顔を出せる場所を残したかった」
商品ではなく安心できる場所を提供するという選択
目的は、商売ではなく居場所でした。
お茶を飲みにくる人。不安を吐き出しにくる人。特に用もなく、立ち寄る人。
睡眠の相談というより、人生の話をしていくような時間が、そこには流れていました。
被災後、人は安心できる場所を失います。家が壊れなくても、街が変わらなくても、心の拠り所が揺らぐのです。
この店は、寝具屋であると同時に心の避難所でもありました。
布団は、商品ではなく支援になった
やがて始まったのが、布団のレンタルでした。
・買うよりも処分に困らない
・すぐ使える
・手間がかからない
そんな理由から、寝具のレンタルは、震災後の能登にフィットしました。
「スリープインだけで50組、姉妹店のムーミンと合わせると200組ほど。奥能登にもたくさん届けました」
もともとは、たまに来るお客様用などの短期レンタルが多かったそうです。しかし震災後は数ヶ月、あるいは一年単位の貸し出しが多かったとのこと。布団が生活を成り立たせる基盤として地域の人々を支えていたようです。
中川さんは、新しい取り組みも始められました。
全国から廃棄される羽毛布団を回収し、羽毛を取り出し、寝袋などにリサイクルする事業です。
被災地で多くの方の眠りに寄り添ってきた布団屋さんならではのアイデアですね。
県外から、義援金の代わりにと、羽毛布団が届くこともあったそうです。
温かい布団と一緒に想いも届くようですね。
また、羽毛リサイクルで得られる収益は和倉温泉の復興のための義援金として送られるそうです。
こちらの取り組みは現在も継続中ですので、廃棄予定の羽毛布団がありましたら是非、捨てずにお送りください!

中学生に100枚の毛布を届けた日
また別の取り組みも始まりました。
「受験を控えた能登の中学生たちに、ブランケットを無償で配ろう。」
縁のある取引業者さんからのご厚意で集まった枚数は100枚以上。
しかも、防災用の毛布ではなく、
・選べる
・おしゃれ
・持ちたくなる
そんな素敵なブランケットが集まったそうです。「支援物資じゃなく、プレゼントであってほしかった」
その言葉どおり、ブランケットを選ぶ会場には、笑顔がありました。空気が、少しだけ、軽くなった日でした。
千人に送った、たった一言の手紙
このお店の特徴はもう一つあります。中川さんは、お客さんに、定期的にハガキを出しているのです。セールの案内ではありません。
「最近寒いですね」「体調、大丈夫ですか?」
たった一言だけ。それを、千人以上に送り続けてきました。
人は「誰かが、自分を思い出してくれている」と感じるだけで、生きる力が少し湧きます。
実際、このハガキで楽になったと言われる方や、お礼のはがきを返して下さる方もいらっしゃるようです。
布団屋さんが、心のケアも届けていたんですね。
災害ゴミの山を見て覚悟したこと
震災後、目にしたのは大量の布団。積み上がる寝具の山。「売った側として考えさせられました」とおっしゃいます。
・処分しやすい素材を
・長く使える品質で
・循環できるものを
これからの売る責任を、強く意識するようになったといいます。
能登から全国へ
今、中川さんは新しいことを考えています。
・能登素材を活かしたオリジナル寝具
・旅館とのコラボ
・人が集まれる拠点づくり
「布団屋ですけど、布団だけじゃないことをやりたい」
それは、能登を未来に残すという仕事でもありますね。
その一つ、中川さん考案の抱き枕のとハグです。能登半島の形をしていることと、能登産の珪藻土入りの生地を使っているのが特徴です。
こちらののとハグが、2025おもてなしセレクションで金賞を受賞されました!
受賞理由をそのままご紹介します。
「のとハグ」は、能登半島の地形をモチーフにした独創的な抱き枕で、快眠をサポートするアイテムです。湾曲したフォルムが身体に優しくフィットし、横向き寝やうつぶせ、背もたれ、マタニティサポートなど多様な姿勢に対応します。骨盤や体幹を包み込むように支え、深い安心感を提供します。この商品は、能登半島地震をきっかけに、“眠り”を通じた地域再生と心の癒しを届けたいという思いから生まれました。地域の形・素材・想いをすべて一つに込めた、これまでにない発想の共感型プロダクトです。側生地には石川県能登地方で採取される珪藻土を練り込んだ特殊ニット生地を使用しており、吸湿性、通気性、消臭性に優れ、蒸れにくく滑らかな肌触りで四季を通じて快適な使用感を提供します。中材には0.5mm程の超極小ビーズ(スノービーズ)とポリエステルわたの混合素材を採用し、体圧分散性と高い復元性を持ち、モチモチとした弾力と無音性で睡眠中の姿勢変化にも静かに対応します。本製品は上級睡眠健康指導士の資格を持つ開発者が地域住民の声を反映し、心と体のリカバリーを重視した設計がなされています。サイズは幅約73cm、長さ約78cm、最大厚み約20cmで、抱きしめやすさと安定感のバランスを追求し、寝室だけでなくソファや車内などさまざまなリラックスシーンにマッチします。この商品の売上の5%を能登の観光復興へ寄付する仕組みを設けており、使うことで自然と復興支援に参加できる「共感と貢献が一体化した製品」として、他社にはない社会的意義を備えています。
中川さんの地域貢献への思いが認められての受賞、本当に素晴らしいですね。
観光地だけではなく人に会いに来てほしい
最後に、こう言ってくれました。

「観光地としてだけじゃなく、能登の人に会いに来てほしい」
「ごはんが美味しいところは他にもある。景色が良いところも。でも、能登の人は、能登にしかいない」そう言って、笑いました。
もし、あなたが能登を訪れることがあったら、ぜひ、この寝具店にも、立ち寄ってみてください。
布団が必要なくても、とにかく会いに来て下さい。
きっと、少しだけ、心がほぐれます。優しいご主人の笑顔が、この店のいちばんの商品かもしれません。
【Sleep Inn(スリープイン) 店舗詳細】
住所:石川県七尾市小丸山台1丁目19番地
電話:0767-52-9550
営業時間:9時半~18時半
定休日:火曜日



















