
能登半島地震から半年が過ぎた今、被災という大きな困難に直面しながらも、地域の暮らしを支えるために歩みを止めなかった人たちがいます。
今回は、輪島市で創業54年を迎えるはる喜クリーニング株式会社の2代目社長・春木謙一さんと、実際中心となって仕事をされているスタッフの方にお話を伺いました。
「続けられたのは、スタッフがいたから」――そう語る春木さんの言葉には、温かな信頼と希望があふれていました。
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地元に根ざして54年。若い力が支えるアットホームな会社

石川県輪島市山岸町にあるはる喜クリーニング株式会社は、地域の宿泊施設や病院を中心にシーツや浴衣、タオルなどの大物洗濯を担ってきました。
創業当初は、ワイシャツやスーツなど個人向けの衣類も取り扱っていましたが、現在は、専門性を活かした「大物専門」のクリーニングに力を注いでいます。
この会社の大きな特徴は、若いスタッフが中心となって現場を回していること。40代のリーダーをはじめ、20代〜30代のスタッフがチームを組み、12名で日々の業務にあたっています。
「技術力ではなく、機械力で勝負」と語る春木さん。大量のシーツや浴衣を短時間で仕上げるため、工場では大きな業務用洗濯機がフル稼働しています。
社内の雰囲気は、とてもアットホーム。たとえば採用面接の場には、現場のスタッフも同席します。
「会社の主役は、現場で働くスタッフたちなんです」と、春木さんは誇らしげに話してくださいました。
令和6年元日。突然訪れた試練
2024年1月1日。多くの人が新年を迎えるその日、能登半島を大きな地震が襲いました。
元日はホテルなどからの注文が集中する繁忙期。工場でも数名のスタッフが働いていました。
「これはヤバい…」と感じるほどの大きな揺れ。工場にいたスタッフたちはすぐに高台へ避難し、幸いにも全員が無事でした。
そのとき社長の春木さんは別の場所にいました。スタッフの無事を確かめようとしましたが、地震の被害が大きく車が通れず、自らの足で走って工場へ向かいました。
「何かあったら、とにかく高台へ逃げてくれ」――
その事前の言葉通りに行動してくれたスタッフの姿に、心からホッとしたといいます。
けれど、スタッフの多くは自宅が倒壊し、生活の拠点を失いました。中には、ご家族を亡くされた方もいました。
「会社はもうやめようと思った」

地震によって機械は壊れ、得意先のホテルも営業を停止。借入金の返済や、スタッフの生活…。
「町も、お客さんもいなくなった。仕事を続けるのは無理だ」
そう思って、いったんは会社をたたむことも考えたそうです。
そんなとき、2次避難をしているスタッフから届いたひとこと。
「また戻ってくるよ。」
そして、お客さまからの問い合わせ。
「クリーニング、再開されますか?」
そのとき、春木さんは「ラッキーだな」と感じたそうです。
『自分ひとりでは、何もできない。だけど、スタッフが「やる」と言ってくれた。だったら機械を修理しようと思ったんです。』
「人」が支えた再出発
発災後、大きな壁になったのは「水」でした。洗濯には欠かせない水がなかなか出ず、業務用機械の多くも故障。
それでもなんとか応急処置をし、3月にはようやく水が出るように。建物の傾きは残ったままですが、工場は再び動き出しました。
そして、再開を大きく後押ししてくれたのは、やはりスタッフたちでした。
避難所にいるスタッフが、「あの人、手が空いてるよ」と他の避難者を誘い、現場に連れてきてくれたことも。
「人を動かせる力って、すごいなって思いました」と春木さんは笑います。
はる喜クリーニングのスタッフたちは、「お客様に迷惑はかけられない」という責任感をいつも大切にしているといいます。
それは、「会社のため」よりも、「お客様のため」。純粋でまっすぐな想いが、会社の土台になっているのです。
若者が根づく土壌は、人のつながりから
今のスタッフが集まったのは、社長が声をかけたからではありません。
もともといたひとりのスタッフが、信頼できる友人たちを呼び寄せたことがきっかけでした。
それまでハローワークで求人を出してもなかなか集まらなかった中で、社内の空気が変わり、チームで助け合いながら仕事が回るように。
今では、現場の仕事はすっかりスタッフたちに任せられるようになりました。と春木さんは話します。
「助け合い」が、地域を救った
水が出ない間も、ホテルからは洗濯の依頼が来ていました。自社でできない分、七尾市のクリーニング会社にお願いしたところ、快く引き受けてくれたそうです。
「その会社のおかげで、能登全体のクリーニング業の再開も早く進みました。業界全体を守ってくれた恩人です」
競争ではなく、支え合い。
地域で事業を続けていくとは、そういうことなのかもしれません。
「スタッフを大切に」事業継続のために一番必要なこと
震災を経て、春木さんがはっきりと感じたのは、「会社を支えているのはスタッフ」だということ。
建物や機械は壊れても直せる。でも、スタッフがいなければ仕事はできない。
だからこそ、地震で仕事が止まった期間も、給与の支払いは続けていました。
会社を支えてくれる人たちのために、自分にできることだと思いました。
今後、事業を継続していくうえでの課題としては、まず震災前と比べて仕事量が3分の1に減ってしまったことが挙げられます。
これからどのようにして仕事を増やしていくのか、そしてスタッフに安定した収入を届けられる体制をどう築いていくかが、大きなテーマとなっています。
そのためには、輪島市以外の市町村にも業務の範囲を広げていくことも視野に入れる必要があるかもしれません。
ただ、その際にネックとなるのが、運搬業務を担える人材が不足しているという現状です。
輪島「今」を、知ってほしい
輪島市の現状について尋ねると、スタッフはこう語ります。
「仕事がないし遊ぶところもない。正直、若い人が戻れる環境ではまだないですね」
それでも、少しずつスーパーやコンビニ、商業施設の営業再開も進み、生活は落ち着きを取り戻しつつあるそうです。
「たとえばコンビニは、以前は閉まっていたけど、今は20時まで開いている。私たちにとっては『遅くまで開いている』感覚です。」「追い詰められていた発災当時の状況から見れば良くなったと思います。」と笑顔で話されます。物事を前向きにとらえる、その姿勢に励まされます。
全国の皆さまへ
「きれいな観光地だけではなく、『今の輪島』を見てほしいです。
例えば、工事中の宿泊施設に泊まって、実際の不便さを感じていただいたり、仮設住宅に泊って体験してもらう等できればいいですね。」
そして、もうひとつの応援方法。
「輪島のモノを買ってください。それがいちばんシンプルで、力になります。」
おわりに

震災で失ったものは、あまりにも大きかった。
でも、それでも「もう一度やろう」と立ち上がった人がいます。
その原動力は、誰よりも「人を想う気持ち」でした。
はる喜クリーニング株式会社の春木さん、そしてスタッフの皆さんの姿に、これからの輪島の未来が重なります。
少しずつ、でも確かに前に進む輪島の「今」を、どうか知っていただけたら嬉しいです。
企業詳細
会社名 はる喜クリーニング株式会社
代表 春木 謙一
住所 石川県輪島市山岸町ち-56番地
電話 0768-22-6156



















