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茅葺き屋根の「座主(ざす)家」は能登に残る最も古い型式の農家【七尾市中島町】
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のとルネアンバサダー、観光担当のっちです!

能登に残る最も古い型式の農家、「座主家(ざすけ)」をご紹介します。

 

江戸時代中期頃建てられたといわれる

能登で一番古い、という座主家。

座主、は「ざす」と読む苗字です。

座主家は、農家の建物です。

おそらく中流~上流に位置する農家であったといわれています。

近世ではこの藤瀬地区の肝煎り(きもいり・現在の町会長のような役)を務めたそうです。

江戸時代中期頃に建てられたと言われています。

江戸時代中期といいますと、徳川8代将軍吉宗の頃ですね。1730年頃でしょうか。

約300年前です!

国指定重要文化財の座主家

座主家は、茅葺き、入母屋造りの屋根は軒先が低く間口七間半(15メートル)奥行き四間(8メートル)、

外側は柱間一間ごとに板戸2枚と障子1枚。敷居、鴨居は3本溝の手法がとられています。

この型の農家は当時の主流でした。しかし現存しているのは能登ではこの一棟のみです。

当時の人はこういった建物で暮らしていたのだと学べる、貴重な建物です。

昭和47年に国指定重要文化財となりました。

国の管轄のものですので、こうした銅板に修繕工事の履歴、経費などが記されています。

新しく修繕した記録も、加わっています。

座主家入口付近には案内看板があるのですが、劣化して少し読みにくくなっていますね。

茅葺きの厚さに圧倒!

下から見上げると、茅葺きの厚さがわかります。

この茅葺きの管理はとても大変なのだそうですよ。

能登だけではない話なのですが、

昔は集落全体が茅葺き屋根で、集落全体で一斉に茅葺きの管理をしていたのでしょうが、

人口の減少、茅葺きの家の減少により管理がする人が減り、茅葺きも減っていった現状があります。

そんな中でも今までこうして保存されてきたことに感動します。

カンナが使用されていない素朴な構造

座主家は、すべての建材にカンナの使用が認められていないとのこと。素朴な構造です。

中に入らせていただきました。

入口から入ると土間があり、そしてこの「オエ」と名付けられる部屋があります。

(案内板には「オエ」と書かれていますが、地元の人の話し言葉を聞くと「オイ」と言っていました。)

「オエ」は農家の生活の中心であった部屋と言えます。

真ん中には囲炉裏があったようです。現在はふさがれていました。

「オエ」の奥には「デエ」という部屋があり、客間のような部屋でした。

大きな仏壇がありましたよ。

奥の部屋は暗く、撮影してもよく映らなかったので、写真は無しです。

「オエ」の横は、「ナンド」。

この板戸の向こうに部屋があり、寝室として使われていた部屋です。また、貴重品もこの部屋に置かれていたようです。

今でこそ「ナンド」というと「納屋」で、物置のようなイメージですが、

昔は「ナンド」は貴重品が置かれ、家族が寝ていた大事な奥の部屋だったのですね。

敷居はこんなに高く、30cmありました。

「オエ」と「ナンド」はちがう空間だということを強調しているような敷居です。

一緒に見学をしていた地元の方の話によると、現在は今風の家に住んでいますが、子供の頃はこういった茅葺きの家にお住まいだったそうです。

そして、やはり「ナンド」という部屋につながる敷居はこのように高かったそうです。

「オエ」の天井を見あげると、吹き抜けになっていました。

太い梁が黒く煤けています。

真下には囲炉裏があり、長年燻され続けてきたのでしょう。

現在は誰も住んでいないので、囲炉裏に火がくべられることがありません。

地元の方の話によりますと、「囲炉裏に火をくべていないと茅葺きも家も湿気を帯びて傷みやすくなる」と。

今後の保存はどうなっていくのでしょうか。

興味深く、そして昔の姿だからこそ歴史を感じることのできる「座主家」です。

 

【座主家 詳細】

住所 :〒929-2227 石川県七尾市中島町藤瀬4-17
電話番号: 0767-53-8437(七尾市スポーツ・文化課)
料金:なし。外観のみ見学自由
(車でのアクセス) のと里山海道横田ICから車で約5分
(鉄道でのアクセス)のと鉄道能登中島駅から車で約10分


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