
令和6年能登半島地震から、約2年経ちました。復旧・復興への道のりは依然として険しく、課題が山積みです。しかし、その瓦礫の中から新たな能登の形を模索し、力強く歩みを進める人々がいます。
今回は、中能登町出身の石川県議会議員であり、元教員という経歴を持つ岡野定 隆志(おかのじょう たかし)氏にお話を伺いました。現場の声やマイノリティの視点を大切にする岡野定氏が、震災での経験、復興への具体的な提言、そして次世代に繋ぐ能登の未来像について、熱く語ってくださいました。

Contents
教壇から政界へ。こぼれ落ちる人を支えたいという原点
岡野定氏の政治への関心は、意外にも小学生の頃に遡ります。新聞を読むお母様の隣で社会の動きに触れ、大学生時代には当時の政治不信を招くような事件に憤りを感じていました。「困っている人を動かすには、政治の力が必要ではないか」。そんな思いを抱きながらも、彼はまず教育の道を選びます。
「経済学部出身ですが、教員として特別支援教育に携わりました。そこで痛感したのは、社会のシステムからどうしてもこぼれ落ちてしまう人がいるという現実です。マイノリティの側から社会を見ると、マジョリティには見えない理不尽さや、声を上げにくい状況が見えてくる。教壇に立ち、社会の仕組みを教えながら、自分自身ももっと直接的に関わらねばならないという思いが募っていきました」
教員として現場に立つ中で育まれた声なき声を拾うという姿勢。それが、岡野定氏の政治活動の根幹にあります。周囲の反対を押し切ってまで政治の世界に飛び込んだ理由は、不条理な扱いを受けている人々や、既存の政治ではフォローしきれない層を、自民党ではない側から支える必要性を強く感じたからでした。
「実際に議員になって一軒一軒回ってみると、『あなたのような立場の人と初めて話した』と言われることが少なくありません。今まで政治の手が届いていなかった場所、首長や他の議員がカバーできていなかった隙間を埋めること。それが私の役割だと確信しています」
発災時の地域コミュニティの底力と備えへの反省
2024年1月1日の発災時、岡野定氏は自宅にいました。激しい揺れの後、彼が最初にとった行動は、自身の家族の安否確認だけではありませんでした。当時、地区の役員を務めていた彼は、即座に受け持ちの約60軒の安否確認に奔走しました。
「若い人が仕事で不在の中、高齢者や怪我をしている人がいないか、プロパンガスが倒れていないか。一軒ずつ回って確認し、区長に情報を集約しました。これは日頃からの役目として決まっていたことですが、実際に動ける人が動かないと、災害時はどうにもならないことを痛感しました」
自身の地区は幸い人的被害は少なかったものの、今回の震災を通じて、岡野定氏は政治家として、そして一人の人間として、大きな十字架を背負ったと感じていると言います。
「実は、珠洲で群発地震が起きていた時、『もう大きな地震は起きないだろう』という正常性バイアスが、私自身の中にも、そして県全体にもあったのではないかと深く反省しています。一度収まった時に、『次はもっとひどいのが来るかもしれないから、備えよう』ともっと強く発信すべきでした。過去の災害や他県の教訓を、自分たちのこととして落とし込めていなかった。この悔しさは、今後の活動の原動力になっています」
被災地を回る中で最も心に残っているのは、「来てくれてありがとう」「話を聞いてくれて安心した」という住民の声でした。物が届く、道が直るという物理的な支援以前に、誰かが自分の状況を知ってくれているという事実が、被災者の心の支えになるのです。
「行政の支援だけでは限界があります。だからこそ、議員同士が連携し、『ここは私が見るから、あそこはお願い』といった具合に、地域全体を網の目でカバーする仕組みが必要です。誰一人取り残さないためのネットワーク作りが、今後の防災における急務だと感じています」
復旧の見える化と現場視点の政策実現
復興に向けて、岡野定氏が今最も重要だと訴えるのが復旧の見える化です。
いつ水が出るのか、いつ道路が直るのか。先が見えない不安は、人々の心を疲弊させ、離散を招きます。
「『順番に直します』だけでは不十分なんです。『この地域はいつ頃を目処に』という見通しさえあれば、住民の皆さんも『それまでは工夫して頑張ろう』と思える。逆に言えば、3年後、5年後でもいいから、確実な約束が欲しい。それがなければ、住み続ける意欲さえ失われてしまいます。行政は公平性を重視するあまり、明言を避ける傾向にありますが、そこを政治の力で変えていきたい。特定の政治家に頼んだから早くなる、といった古い体質ではなく、合理的で透明性のある復旧計画を提示することが、納税者に対する誠意だと考えています」
また、震災後の活動の中で、岡野定氏が大きな達成感を感じた出来事があります。それは宗教施設の活用に関する県の運用指針を変えたことです。
被災地において、お寺や神社は古くから地域のコミュニティハブであり、実際に避難所や炊き出しの拠点として機能していました。しかし、政教分離の壁があり、公的な支援や連携が進みにくい現状がありました。
「信教の自由や布教活動とは切り離して、そこにある地域のリソースとして活用すべきだと議会で訴えました。お寺さんを直すことが目的ではなく、そこを拠点に助かっている地域住民を支えるためです。この提案が通り、県の運用指針が見直され、宗教施設への支援にアクセルが踏めるようになりました。これは、地域にある既存のネットワークを最大限に活かすという、能登らしい復興の一つの形になったと思います」
失敗できる能登へ。教育と未来への眼差し
元教員である岡野定氏の視線は、常に次世代に向けられています。彼は、能登の復興には教育の変革が不可欠だと語ります。
「北欧のように、幼い頃から自己決定権を持ち、社会に参画する意識を育む教育が必要です。今の日本では、不登校や子供の精神疾患が増え続けていますが、これは社会が子供たちの声を真剣に受け止めていない証拠ではないでしょうか。子供たちが自分たちの意見で社会は変えられるという自己効力感を持てるような教育こそが、将来的に強い地域を作る土台になります」
そして、その考えは産業や地域づくりにも通じています。
「若者がチャレンジして、失敗しても『ナイスチャレンジ!』と言えるような地域でありたい。例えばアメリカのように、起業して3回失敗しても再挑戦できるような仕組みや、特区のような制度があればいい。失敗を許容し、そこから学ぶことを称賛する文化を、この能登から作っていきたいのです」



石動山と広域連携~県境を越えた観光と交流
これからの能登の魅力をどう発信していくか。岡野定氏は、中能登町にある石動山(せきどうざん)を核とした広域観光の可能性に着目しています。
かつて石動山は、高野山をも凌ぐ規模を誇り、富山県の氷見や南砺市まで影響力を持つ一大勢力圏でした。
「今の行政区分である県や市町の枠を取り払って考えるべきです。石動山という歴史的背景をストーリーとして活かせば、能登と富山(氷見・南砺)が一体となった広域観光が描けます。インバウンドの視点で見れば、県境なんて関係ありません。歴史的な繋がりを再評価し、海のものも山のものも楽しめる、懐の深いエリアとして売り出していきたい。
また、災害時の避難経路や物資輸送を考えても、富山県側との日頃からの連携は生命線です。観光を通じた交流が、いざという時の助け合いにも繋がるのです」
能登の懐の広さと「寄ってこられ」
インタビューの終盤、岡野定氏は能登の強みについて、懐の深さだと語りました。
「一度外に出て戻ってきた人間だからこそ分かりますが、能登にはどんな人も受け入れる温かさがあります。ただ、課題もあります。特に女性に関しては、旧来の性別役割分担が根強く残っており、それが若者のUターンを阻む要因にもなっています。しかし、今回の避難所運営で希望も見えました。男性も女性も関係なく、役割を分担して協力し合っている避難所は、運営が非常にスムーズだったのです。この震災を機に、ジェンダーの壁を超え、誰もが能力を発揮できる土壌ができれば、能登にはまだまだ大きな伸びしろがあります」
岡野定氏が描く未来の能登は、単なる観光地ではありません。関係人口が深く関わる場所です。
「お祭り一つとっても、当日だけ来て神輿を担ぐだけでなく、数日前からの準備に混ざって、一緒にお酒を飲んで語り合う。そこまでして初めて、本当の能登の良さが分かるし、『また帰ってきたい』と思える第二の故郷になるんです。廃校を活用して障がいのある方がアート活動をし、そこに観光客や地域のお年寄りが混ざり合う。そんなごちゃまぜの面白さが、これからの能登の魅力になるはずです」
最後に、全国の皆さんへのメッセージをお願いすると、岡野定氏は柔らかな笑顔でこう答えました。
「寄ってこられ」
「『飲まんけ(飲まないか)』だとお酒が飲めない人は入りにくいですが、『寄ってこられ』なら誰でもウェルカムです。富山弁のニュアンスも混じっていますが、この言葉には、垣根を越えて誰でも受け入れる、能登の優しさと覚悟が込められています。
復興ボランティアでも、観光でも、移住のお試しでもいい。準備の段階から一緒に汗をかいて、美味しいものを食べて、共に笑う。そんな深い関わりができる場所として、私たちは皆さんをお待ちしています」
岡野定氏と話していて感じたのは、親しみやすさと、現場への誠実な眼差しでした。大上段に構えるのではなく、困っている一人一人の声に耳を傾け、それを制度という形に落とし込んでいく。その地道な積み重ねこそが、真の復興には必要なのだと気付かされました。
「失敗してもいい」「県境を越えよう」「お寺を活用しよう」。既存の枠にとらわれない柔軟な発想で能登半島地震という未曾有の困難を乗り越え、以前よりももっと魅力的で、優しく、面白い能登へ。岡野定氏の「寄ってこられ」という言葉に誘われて、新しい能登づくりに関わってみませんか。
岡野定隆志県議 詳細
岡野定たかし後援会事務所
〒929-1721
石川県鹿島郡中能登町井田さ部33
電話番号:0767-76-0930
FAX兼:0767-76-0931


















