能登の伝統と心を支える場所、未来へつなぐ「天日陰比咩神社」復興物語|中能登町

2024年11日、能登半島を襲った未曽有の地震。
この大災害は、多くの企業や人々の日常を奪い、深い傷跡を残しました。
しかし、混乱の中、地域に古くから根差してきた神社が、人々を支える温かい「命の拠点」となりました。
中能登町にある能登國二ノ宮天日陰比咩神社(あまひかげひめじんじゃ)の禰宜(ねぎ)である舟木清崇様は、11の神社の宮司を兼務し、古来から受け継がれてきた伝統文化を守り続けてきました。
被災後、神社が果たした「予想外の役割」について、舟木様は静かに、しかし力強く語ってくださいました。

元日の初詣、そして激震

地震が発生したのは、新年を迎えたばかりの穏やかな元日の午後でした。
天日陰比咩神社の境内は、初詣に訪れた約100人の参拝客で賑わい、拝殿には50人ほどがいらっしゃいました。
新年への期待と希望に満ちた空気が、突如として激しい揺れによって一変しました。

立っていられないほどの揺れが襲い、境内では多くの人がその場にしゃがみこみ、混乱が起きました。
普段なら神社の鳥居や燈篭(とうろう)の重厚な姿が安心感を与えてくれますが、この時ばかりはそれが恐怖に変わりました。

幸い、天日陰比咩神社の建物への被害は最小限にとどまり、舟木様やご家族、そして参拝客は全員無事でした。
しかし、大きな揺れが収まっても、不安と恐怖は続きました。
道路は地震により段差ができ、七尾方面では津波警報が発令されていました。
遠方から訪れていた人々は、帰る手段を失い、行く当てもなく途方に暮れていました。

「輪島や金沢、遠くは富山県の氷見など、色々な場所から参拝に来られていました。車で来ていた人たちも、道路の状況が分からず、動けなくなってしまいました。余震が続く恐怖の中で、車中泊もままならない状況でした。」

「ここは、命の拠点だった」〜予想外の避難所〜

元日の夜、神社は自然と人々の避難場所となりました。
舟木様の判断で、参拝客のうち帰ることが出来ない約30人が、冷え込んでいく夜に社務所に身を寄せたのです。

「社務所には、ご高齢の方から、まだ小さな子どもまで、様々な方がいらっしゃいました。余震が来るたびに外に飛び出し、落ち着いてはまた中に戻る。その繰り返しでした。特に、幼い子どもたちはトラウマになるほど泣き、一晩中ほとんど休めなかったと思います。」

水道が止まる中、神社の備蓄と自然の恵みが人々を支えました。
初詣のためにあった仮設トイレ、そして何より、古くから使われてきた湧き水や、どぶろく造りに使う井戸水が、断水した地域の貴重な水源となったのです。
電気だけは奇跡的に通じていたため、暖房や照明を使うことができ、凍える夜をしのぐことができました。

「お正月で、たくさんのおせち料理もあったので、皆さんにふるまいました。布団は家にあったものをかき集めました。そして温かい飲み物で寒さをしのいでいただきました。電気が通じていたことは本当にありがたかったです。暖房が使えるだけで、人々の安心感はまったく違いました。」

人々の支えと、改めて気づいた地域の絆

震災後、多くの物資が届けられましたが、舟木様の心に最も深く残ったのは「人の助け合い」でした。神社のお風呂を開放し、近隣の避難所から多くの人がお風呂を借りに来たそうです。

「お風呂に入りに来た方々が、神社に届けられた物資を『避難所のみんなに』と、持ち帰って分け与える光景を何度も目にしました。神社に集まった物資を、人の手から人の手に渡っていったことはとても効率的であったと思います。金銭的な支援ももちろんありがたいのですが、こうした人の温かい助け合いこそが、私にとって何よりも心に残る支援でした。」

また、神社の湧き水は、地域住民にとっても生命線となりました。
断水で困窮する中、水を汲みに来る人々が後を絶たず、深夜にも訪れる人がいたと言います。

「夜中1時や2時に水汲みに来る方もいました。気づいて明かりをつけたら、本当に感謝されました。その時、神社が災害時にこれほど有益な場所になるのかと、改めて実感しました。以来、24時間いつでも水を汲めるように照明をつけて開放しました。」

こうした経験を通して、舟木様は「日頃の備え」の重要性を痛感したと言います。水や食料、そして何より燃料の備蓄。特に、災害時にガソリンスタンドに長蛇の列ができた光景を見て、車のガソリンは常に満タンにしておくべきだと感じたそうです。

復興の道のりと未来へのメッセージ

一方で、復興にはまだまだ時間がかかります。舟木様が宮司を務める11社のうち、多くの神社が手付かずのままです。
奥能登の親せきの神社では、社殿が倒壊したことで祭りができない神社もあります。長年受け継がれてきた伝統文化が途絶えかねない危機に直面しているのです。

「経済的な支援が本当に必要です。小さな神社や事業所では、復旧費用を捻出するのが非常に困難です。小さな支援でも、積み重なれば大きな力になります。」

震災という大きな困難を経験し、改めて「神社」という場所の役割を深く考えさせられたと舟木様は言います。

「昨今は個人主義と言われることも多いですが、こういう時こそコミュニティの大切さを痛感します。神社は、お祭りで子供からお年寄りまでが集まるように、世代を超えたコミュニティの拠点です。有事の際に『神社があってよかった』と思ってもらえる場所でありたい。今後も、地域の復興の核となり、人々が安心して集える場所であり続けることで貢献していきたいです。」

最後に、全国からの温かい支援に対する深い感謝を述べられました。

「本当に感謝しています。皆様の応援が、私たちの大きな支えになっています。」

舟木様の言葉からは、ただ神社を復旧させるだけでなく、その場所を未来の災害に備えた「命を守るコミュニティの拠点」として再構築しようという強い決意と、深い感謝の気持ちが伝わってきました。
伝統を守り、未来を築く舟木様と天日陰比咩神社を応援しています。

能登國二ノ宮 天日陰比咩神社(あめひかげひめじんじゃ)詳細

石川県鹿島郡中能登町二宮子甲8

Tel.0767-76-0221

交通アクセス(車)

●JR七尾線良川駅から約4km(車約7分)

●JR七尾線能登二宮駅から約2km(車約4分)

●北鉄バス二宮バス停から700m(車1分、徒歩5分)

駐車場 あり(約70台)

体験内容 神社見学

恒例祭

●新年祭 / 一月一日・二日・三日

●祈年祭 / 三月二十日

●春季祭 / 四月十八日頃

●例大祭・麦祭 / 六月十五日

●夏越大祓 / 六月三十日

●夏 祭 / 七月 第二日曜日頃

●秋季祭 / 九月 第二日曜日頃

●新嘗祭(どぶろく祭り) / 十二月五日


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