能登の今を映し続ける映像制作会社「株式会社エヌ・エービデオプロダクション」|七尾市

能登半島地震から、時間は少しずつ流れています。
けれど、町の景色も、人の暮らしも、まだ復興への道半ば。

そんな能登のを、静かに、そして確かに映像に残し続けている会社があります。
石川県七尾市田鶴浜町にある 株式会社エヌ・エービデオプロダクション です。

結婚式や発表会、地域の祭り、観光映像、そして震災後の町の姿。
レンズ越しに見つめてきたのは、いつも人の想い地域の時間でした。

今回お話を伺ったのは、2代目社長の 粟津賢栄(あわづ さかえ)さん
震災という大きな試練を前に、それでも歩みを止めなかった、映像制作会社の復興の物語です。

織物から映像へ―創業の背景

先代社長は、もともと機織り工場を営んでいましたが、時代の流れとともに産業構造が変化していく中で、これからの自分にできることを見直しました。

以前から映像に強い関心を持っていた先代は、各市町村にあった「ビデオ倶楽部」に参加。
そこでテレビ局や映像制作会社の人々と出会い、映像の技術や表現の奥深さに触れていきます。

人の想いや地域の姿を形に残せる映像の世界に、次第に大きな魅力を感じるようになり、

この仕事で、能登と関わり続けていきたいという想いから、映像制作という新たな道へと進むことになります。

そして平成4年、先代は、一人でエヌ・エービデオプロダクションをスタートしました。

平成7年、現在の場所に株式会社エヌ・エービデオプロダクションを設立。

これまで培ってきた経験と、新しい挑戦への意欲を胸に、映像制作の歩みが本格的に始まりました。

Uターンで見つけた、自分らしい生き方

2代目社長の賢栄さんは、大学卒業後、東京の不動産会社に就職。
朝から晩まで働く日々の中で、このままでいいのだろうかと考えるようになりました。

違う人生もあるんじゃないか、そう感じたことが、能登へ戻る決断につながります。

仕事のあてはないまま帰郷したある日、父の友人である先代がビデオ制作会社をしていると聞き、話をきいてみることに。その際の、

「興味があるなら、やってみるか?」の一言から、映像制作が始まりました。

初めての撮影現場では、ただ先代の後ろを追いかけるだけ。

編集作業では、カットや構成に悩み、自分にできるのだろうかと不安になることもありました。

それでも、映像が一本の作品として完成していく過程に、少しずつ、この仕事ならではの奥深さや面白さを感じるようになっていったそうです。

地域とともに広がった、映像の仕事

創業当初の仕事は、能登地域の結婚式や吹奏楽・ピアノの発表会の撮影が中心でした。
しかし、平成の市町村合併をきっかけに、各市町でケーブルテレビが立ち上がります。

撮影・編集の技術を活かし、志賀町、輪島市、宝達志水町、中能登町などで、ケーブルテレビ番組制作を担当するようになりました。

そこからは、

  • 市町の観光映像
  • 企業の会社・事業紹介
  • 地域のお祭りや伝統文化の記録
  • 企業CM
  • テレビ局番組の制作・撮影協力

と、仕事の幅は大きく広がっていきます。

人と人をつなぐ映像づくり。対面を大切にする、顔の見える仕事

エヌ・エービデオプロダクションの強みを伺うと、返ってきたのはとてもシンプルな言葉でした。

「お客様の気持ちに、ちゃんと寄り添うことです」

オンライン化が進む今も、仕事の依頼を受ける際は必ず対面で話を聞く。打ち合わせも、できる限り訪問することを大切にしています。

「表情を見れば、その人が本当に伝えたいことがわかることもあるんです」

能登の町を歩けば、仕事で関わった人と日常の中でふと出会うこともあります。

挨拶を交わすことで、人とのつながりを改めて感じ、また次の仕事へとつながっていく

そんな、人と人との距離の近さを、社長は何よりも大切にしています。

「人の顔は一度見たら忘れない。それが自分の特技なんです」

撮影から編集まで一貫制作する理由

一般的な制作会社では、撮影・編集・構成を分業することが多い中、エヌ・エービデオプロダクションでは、一人の担当者が最初から最後までを一貫して担当します。

それは、

  • 仕事への責任感を持つこと
  • 納期までの計画を自ら立て、完成させること

を大切にしているから。

もちろん、制作途中では社員全員で打ち合わせを重ねます。休みの取り方も、担当する仕事に合わせて柔軟に調整できるそうです。

社員が働きやすい環境づくりへの想い

「社員が働きやすい環境を整えたい」と社長はそう話し、できるだけ多くの報酬を支払えるよう、営業努力を惜しまないと言います。

一人ひとりが責任を持ち、安心して働ける環境があるからこそ、丁寧な映像づくりができる。その考えが、会社全体に根づいているように感じました。

能登半島地震で直面した現実と、止まった時間

機材の損傷と仕事の全面停止

能登半島地震では、建物自体に大きな被害はなかったものの、編集機材や撮影用カメラなど、多くの機材が損傷。修理もできず、買い替えが必要な状態でした。

震災から約1カ月半、仕事は完全にストップ。

ケーブルテレビの撮影業務も、すべて中断しました。

 

 

会社と社員の暮らしを守るために

仕事が止まっても、社員の生活と会社を守らなければならない。
雇用調整助成金の申請や、会社存続のための手続きを自ら行い、必死の日々が続きました。

「とにかく、やるしかなかったですね」

映像の力で支える、震災後の地域と暮らし

被災地の今を記録する仕事

ケーブルテレビの通常番組はなくなりましたが、市役所や町役場から、被災状況を記録する映像の依頼はありました。

仮設住宅での暮らしに寄り添う番組制作

仕事がなくても、ただ待つわけにはいかなかったと社長は言います。少し落ち着いてからは、各市町のケーブルテレビに、自ら番組企画を提案。

被災後の町は、道路や家屋の損壊が続き、外出もままならない状況の中、仮設住宅の高齢者が室内でできる体操番組、子どもが楽しめる遊びの番組を制作しました。

その時、その場所で、必要な映像を届けたいそんな想いが伝わってきます。

同業者・テレビ局とのつながりに支えられて

震災後、地元テレビ局からの番組制作やCMの依頼がありました。これまで積み重ねてきた信頼が、少しずつ仕事を呼び戻してくれたのです。

復興の途中にある能登と、これからの映像制作

2年が経った今も、完全に以前の状態に戻ったわけではありません。

それでも、市町のイベントやお祭りは少しずつ再開されています。

震災を経験したからこそ、「このふるさとがどうなるかわからない。だから、今の姿を残したい」という声が増えました。

獅子舞などの伝統芸能を記録する依頼もその一つです。

自宅被災と事業継続、その両立の中で

社長自身の自宅も、外壁の崩落や雨漏りなど大きな被害を受けました。
修繕業者がなかなか見つからず、復旧できたのは震災から1年半後。

そんな状況の中でも、会社の事業を止めないため、走り続けてきました。

映像の可能性を広げる、ドローンとAI

より印象に残る映像を届けるため、ドローン撮影もいち早く導入。空からの映像が加わることで、観光映像に深みが生まれます。

そして、これからの新たな挑戦はAIの活用
人の目で捉えた確かな情報と、AI技術を融合させ、「より伝わり、心に残る映像」を目指しています。

全国の皆さんへ能登の新しい風景を見に来てください

「まだまだ復興は始まったばかり。町がどう変わっていくのか、正直わからない」

それでも、前を向いて歩み続ける社長から、全国の皆さんへメッセージをいただきました。

今までの物資や金銭支援には、心から感謝しています。

これからは、ぜひ能登へ足を運んでください。

震災前の美しい景色、そして復興の中で生まれる新しい町の姿を、私たちと一緒に見ていきませんか。

能登へ、ぜひ来てください。お待ちしています。

 人の想いを映し続けてきたエヌ・エービデオプロダクション。

そのレンズは今も、能登のこれからを、静かに映し出しています。

企業詳細

株式会社エヌ・エービデオプロダクション

代表 粟津 賢栄

住所:石川県七尾市田鶴浜町イ部15-2

TEL0767-68-3195

会社HPhttp://po6.nsk.ne.jp/navideo/


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