
令和6年能登半島地震から時が経ちましたが、復興への道のりはまだ始まったばかりです。 今回は、石川県羽咋郡宝達志水町にある「武部機械リース株式会社」様を取材させていただきました。
取材を通して見えてきたのは、単に機械を貸すだけではない、地域に深く根差した総合力でした。まずは、能登の現場を支え続ける同社の事業についてご紹介します。
Contents
レンタル・修理・運搬で現場を支える事業内容

創業55年、設立50年。 武部機械リース様は、半世紀以上にわたり石川県の建設・土木現場を支え続けてきた老舗企業です。その事業内容は多岐にわたります。
- 現場のニーズに即応するレンタル・リース・販売
油圧ショベル(ユンボ)やダンプといった大型重機から、発電機、プロが使う電動工具などの小物まで。時代の流れや現場の需要に合わせて、新しい機械を導入したり、入れ替えを行ったりと、常に現場目線でラインナップを揃えています。地元・石川県内のお得意様はもちろん、県外の企業が能登で仕事をする際にも頼られる存在です。
- 機械の修理
機械は貸して終わりではありません。 自社工場での整備はもちろん、現場で機械が故障した際には、スタッフが直接現場で修理を行います。「機械が止まれば、工事全体が止まってしまう」。 そんな現場の焦りを理解しているからこその、スピーディーな対応。
- 機械の運搬
重機をお客様の工事現場まで運ぶ運搬も自社で行います。 石川県を中心に、お客様の現場がるところへ運びます。
貸す・売る・直す・運ぶ。 建設現場で必要な機能をワンストップで提供できるこの総合力が、平時はもちろん現在は復興を支えているのです。








地震発生時の社長の緊迫の帰路と初動対応

「その時、私は奈良県にいたんです」
武部社長は静かに語り始めました。
2024年1月1日。社長は所用で奈良県の大和高田市にいらっしゃいました。突然鳴り響いた携帯電話の緊急速報メール。直後に石川のご自宅へ連絡を取ると、「津波警報が出ているから今は帰ってこない方がいい」という悲痛な声。
高速道路は、福井県の丸岡より以北は通行止めとなっていることもあり、その日は奥様のご実家である愛知県で、不安な一夜を過ごされたそうです。
翌2日の早朝6時、石川へ向けて出発。石川県は断水しているときいていたので、途中で水を確保しようと思っていました。
高速道路が通れていた石川県の加賀インターを降りたのは、まだ朝の8時でした。
「国道沿いならどこかで水が買えるだろう。」そう思って商業施設を探し回りましたが、時は正月の1月2日、しかも早朝8時。どのお店も閉まっています。
午前10時頃、ようやく川北町にある大型スーパーセンタープラント3が営業しているのを見つけました。しかし、店内はすでに品薄状態で、購入制限がありました。
家族全員で、制限の中で最大限の本数を購入し、急いで宝達志水町を目指しました。
会社に到着したのはお昼の12時頃。
休む間もなく会社の電話が鳴り響きます。
「機械を貸してくれ!」「人手が足りない手伝いに来て欲しい」と連絡が入りました。
被災した七尾営業所と社員の底力
1月1日の地震発生後、安全確認をしたのちに従業員に、七尾営業所の様子を見に行ってほしいとお願いしたそうです。本社のある宝達志水町は被害が少なかったものの、七尾市にある営業所は甚大な被害を受けました。
七尾営業所があるのは、潟(かた)に近い軟弱な地盤のエリア。地震の揺れと液状化により建物自体が沈下し、一部隆起したところもあり、事務所の床はボコボコに波打っていたそうです。
「駐車場もひどいひび割れと段差で…。工場の中は足の踏み場もない状態で、うかつに入れませんでした」




事務所が使えないなら、と自社の貸し出し用の仮設ハウスを自分たちで設置。さらに、被害を受けた事務所の床も、社員の皆さんが自らの手で修理されたのです。
「元々建設関係で働いていた社員や、普段からお客様の仕事を見ている社員たちが、見様見真似で直したんです」と武部社長。
自分たちの城は自分たちで守る。その逞しさに、胸が熱くなりました。
そして、大変な中だからこそ感じる温かさもありました。取引のあるメーカーさんから、災害見舞金などが届いたそうです。創業55年という歴史が築いた信頼関係は、災害時においても揺るがない強さを持っていました。

(写真提供:武部機械リース)
レンタルだけじゃない|修理・運搬で支える現場
武部機械リース様の事業は、建設機械・土木機械のレンタル・リース・販売だけではありません。
取材を通して見えてきたのは、現場を支える修理と運搬のプロフェッショナルとしての姿です。
機械は使えば消耗し、時には故障もします。特に今回のような復興の現場ではなおさらとのことです。
同社では、自社工場での整備はもちろんのこと、トラブルが起きれば直接現場へ向かって修理を行います。
「機械が止まれば、復旧作業も止まってしまう。できるだけ早く作業を再開できるようにする」。
そんな責任感を持って、スピーディーに対応されているそうです。
そして、お客様の元へ機械を届ける運搬も重要な任務です。
地震直後の停電時、奥能登にある養鶏所へ発電機を運んだ際のエピソードをお聞きしました。
「電気が止まると機械が動かず、鶏たちに餌や水をあげられない。そのままではじきに死んでしまう」というお客様からの切羽詰まったSOSを受けた武部社長。道路状況などもわからないなか、とりあえず、発電機を積んで奥能登へ向かわれたそうです。
道路や橋が崩れ、40cmもの段差があるような惨状。普段なら通れる道も通れず、迂回に次ぐ迂回。通常の倍以上の時間をかけて、なんとか珠洲などの奥能登へ機械を届けました。
「言葉にならなかったですね。あまりにも酷い状況でした」
能登地震の支援の難しさ|一本しかないアクセス
武部社長は、2011年の東日本大震災の際も、石川県から支援を行いました。
「当時は東京近郊でも発電機が足りなくなり、当社のホームページを見た方から問い合わせが殺到しました。ここから運送会社さんがまとめて東北へ送ったものです」
過去の震災を知る社長だからこそ、今回の能登半島地震には、これまでとは違う地理的な難しさがあると指摘します。
「東北や阪神・淡路大震災の時は、陸路がつながっており、各方面から支援に入ることができました。しかし、能登は半島で、入口が一つしかない。これが一番難しい点です」
一本しかない大動脈が寸断されれば、支援物資も重機も届かない。
実際に、今回の地震では道路の寸断が長期化し、支援の妨げとなりました。
また、全国的な機械不足も深刻です。
「あれだけ大きな地震があると、全国で機械の奪い合いになります。今、新しい機械を買おうとしても2〜3ヶ月待ち。同業者も皆同じ状況で、貸し出す機械が足りていません」
物理的なアクセスの悪さと、物資の不足。
二重の苦しみの中で、今ある機械を修理し、大切に使いながら復興を進めているのが現状なのです。
復興への道のりと、地域貢献の仕事
「復旧は最低でもあと2〜3年はかかるでしょう」
武部社長は冷静に分析されます。公費解体が進んでも、その後の再建、そして生活道路や下水道の復旧にはまだまだ時間がかかります。
武部機械リース様でも、人手は足りてないそうです。
「未経験でも、機械いじりが好きな人なら大歓迎です」
レンタルだけでなく修理も行う同社だからこそ、機械の仕組みに詳しくなれる環境があります。
技術を身につけ、機械を通して地域の復興を支える仕事。とてもやりがいがありそうですね。
全国の皆様へ「能登へ来て、見て、感じてほしい」
取材の最後に、武部社長から全国の皆様へメッセージをいただきました。
「ぜひ、能登へ来てください。宝達志水町には、車で走れる砂浜『千里浜なぎさドライブウェイ』があります。最近はSSTRというイベントで多くのライダーさんが来てくれるんですよ」
そして、これからの季節のおすすめも教えてくださいました。
「宝達志水イチョウ並木(※通称:黄金の並木道)は本当に綺麗です。CMにも使われた場所なんですよ」
復興支援には様々な形があります。
寄付やボランティアはもちろんですが、観光で訪れて、その土地の美しさを知ることも大きな支援の一つ。
宝達志水町を拠点に、復興へと歩む能登の姿をぜひその目で見てみませんか?
企業詳細
武部機械リース株式会社
代表取締役 武部 秀康
住所:石川県羽咋郡宝達志水町北川尻六-136
TEL:0767-28-2567
HP:http://www.takebekikai.jp/
《主な事業内容》
建設機械・土木機械のレンタル・リース・販売・修理・運搬
(取扱機械:ユンボ、ダンプ、発電機、電動工具、その他各種)


















