震災を乗り越え、復興のシンボルへ「能登食祭市場」の挑戦|七尾市

能登の玄関口として、長年観光客を迎えてきた七尾市のランドマーク、能登食祭市場。
2024年1月1日の能登半島地震では甚大な被害を受けました。

市場を統括する駅長の村本能久さんは、地震発生直後、まずは従業員の方々、そしてテナントオーナーの安否確認をされました。
幸い人的被害はなかったのですが、施設の被害は甚大でした。
建物自体の傾きは免れたものの、海上に面した立地のため、1階通路には一直線に大きな亀裂が走り、駐車場や道路は激しい液状化に見舞われました。
被害の規模から一時は再開が危ぶまれましたが、駅長はすぐに専門家と連絡を取り、1月半ばには修繕が可能との見通しを得ました。しかし、思いのほか水道の復旧に時間がかかり、2月末まで断水が続いたため、本格的な工事着手は3月となりました。
村本駅長はじめ、従業員とテナントが一丸となり、異例のスピードで再建の道を歩んでいます。
今回の取材では、震災直後の困難な状況から今日までの道のりと、地域経済の活性化を担う「シンボル」としての未来への展望を村本駅長にお聞きしました。

能登食祭市場の事業概要

能登食祭市場は、地元の新鮮な海産物や特産品、飲食店が軒を連ねる能登随一の観光拠点です。
「七尾フィッシャーマンズ・ワーフ 能登食祭市場」が正式名称で、1991年(平成3年)9月21日にオープンしました。
七尾市の姉妹都市であるアメリカ合衆国カリフォルニア州モントレーの観光地「フィッシャーマンズワーフ」(漁師の波止場)を参考にして建設され、魚と倉庫をイメージした外観が特徴です。
能登半島や七尾湾の海の幸や能登の特産品が多く集まり、買い物や食事ができます。
隣接する七尾マリンパークでは、毎年夏に「モントレー・ジャズフェスティバル・イン・能登」が開催されていました。

未曾有の危機との対峙と、見えた「人の繋がり」

2024年1月1日のあの日、能登食祭市場は市場は休業日でした。
村本駅長はご家族とともに実家で被災されましたが、幸いにもご自身やご家族、そして従業員、さらに入居するテナントのオーナー様も全員ご無事でした。しかし、市場の被害は深刻でした。
「翌日の1月2日に市場へ向かいましたが、電話で聞いていた通りの状況でした」と村本駅長は振り返ります。市場の敷地は道路の隆起と液状化が激しく、建物内部の1階通路には、入口から出口まで一直線に大きな亀裂が入っていました。壁や床にも大規模な損傷が見られ、商品も多数倒壊。建物自体が傾くことは免れましたが、被害の規模はあまりにも大きく、一時は「直るかどうかもわからない」という絶望的な状況に直面しました。

迅速な判断と、パニックを防いだ「ネットワーク」

 震災当日、従業員と18店舗のテナントオーナー様の安否確認のあと、広範囲での断水を確認した村本駅長は、翌2日に予定していた初売りイベントの開催中止を即座に決定しました。経験したことのない危機に直面しながらも、迅速に冷静な判断が出来たことに関して、村本駅長は、
「皆がいたからパニックにならなかった」と当時を振り返られました。
この言葉に、復旧への初期対応の鍵が凝縮されているように感じました。日頃からの「ネットワーク」が機能し、手分けして連絡を取り合い、孤立感なく情報を共有できたことで、安心して迅速に判断し、行動することができたようです。

被害が判明した直後から、村本駅長は設計監理事務所などの専門家に連絡を取り続け、1月半ばには現地に集まってもらい、建物の状況を確認。その時に聞けた「直すことができる」という専門家の言葉は、復興を目指す上での大きな希望となりました。しかしながら、復旧工事は困難を極めました。特に、電気は通じていたものの、広範囲にわたる断水が2月末まで続いたため、本格的な工事の開始は3月まで待たざるを得ませんでした。断水が復興のペースを大きく遅らせるという、能登全体が直面した課題でもありました。

震災の教訓:「一人一人の備え」と「人と人のネットワーク」


この震災を経験して、今、改めて思うこととして、村本駅長は「この地震を教訓として、一人一人が備えてくれれば」と語ります。そして、最も重要だった点として、改めて「ネットワーク」の価値を強調しました。
「本当に重要だと感じました。みんなで手分けして迅速に連絡を取り合うことができたからこそ、テナントの皆様に大きな心配をかけずに済みました。」

支援の輪と「能登応援セット」に込められた感謝

復旧の道のりは、全国からの温かい支援によって支えられました。旅行会社の社長をはじめとする多方面からの支援の中でも、特に村本駅長が深く感謝を述べたのは、「商品の販売支援」という具体的な行動でした。
正月休みを控え、初売りのために大量に仕入れていた食祭市場の商品は、震災により販売できずに残ってしまいました。奥能登の酒や塩などの生産者の方々は、計り知れない被害を受け、連絡さえも取れない状況でした。返品もできないまま、大量の在庫を抱えることになり、村本駅長は頭を抱えたと言います。
そんな窮状を救ったのが、お隣の富山県新湊の道の駅でした。快く商品を引き受け、販売してくださったおかげで、食祭市場の在庫問題が解消されただけでなく、奥能登の生産者の方々も「売れた」という安心感を得ることができたのです。
「いただいた支援に順位をつけるのは難しいですが、この支援は生産者の未来に繋がるものとして、心から嬉しかったです」と村本駅長。また、ネットでも「能登応援セット」として販売し、全国の「倫友」からの温かい想いとともに、能登の特産品を届けることができました。棚のお酒が割れずに済んでいたことも、奇跡のように感じられたと言います。

驚異的なスピードでの再開と現在の課題

村本駅長の「ゴールデンウィークには仮でも営業を再開したい」という強い目標のもと準備が進められ、2024年4月末に仮営業を再開しました。
当初は市場の表にテントを張り、通路にテーブルを出して販売を行いましたが、補修を終えた通路から活用を始め、8月中旬までにはほぼ1階の全店舗が使用可能となりました。
現在、お客様は近隣県からの日帰り客が中心で、集客は被災直後の15〜20%から6割程度まで回復しています。しかし、村本駅長は「和倉温泉の復活なくして、能登観光の完全な復興はない」と断言し、宿泊客が戻らない限り、集客は現状の6割が限界だと危機感を示しています。また、退職者による人手不足も大きな課題です。

未来への展望と全国へのメッセージ

村本駅長が今、最も望むのは、和倉温泉の復興と、七尾市を元気にするための公共施設の復旧です。特に、お祭りやモントレージャズフェスティバルの舞台である、市場横のマリンパークの早期修復を強く願っています。
能登食祭市場は、能登全体の活性化のシンボル、そして地域の拠点であることを自覚し、今後も「明るい情報」を発信し続けることを誓っています。そして、全国に向けて、「能登地震を忘れず、気にかけていただきたい。機会があれば立ち寄り、お助けいただければ、地域のみんなは喜びます」とメッセージを送られています。
能登の魅力と活力を発信し続ける能登食祭市場へのお買い物が、能登の復興を支える力となります。
能登食祭市場についてはこちら

企業詳細

七尾フィッシャーマンズ・ワーフ 能登食祭市場

住所:七尾市府中町員外13-1
電話:0767-52-7071
営業時間:
1階(平日)10:00~16:00(土日祝日)9:00~17:00
2階 店舗による 
遊庵 11:00~14:30
らーめん亭 11:00~14:00
漁師屋 11:00~15:00
定休日:火曜日


この記事が気に入ったら
フォローしよう

最新情報をお届けします

pickup
おすすめの記事