
2024年1月1日に発生した能登半島地震は、能登の地に深い傷跡を残しました。
しかし、この大災害から立ち上がり、地域社会の再建に向けて奮闘する人々の姿こそが、能登復興への希望です。
今回お話を伺ったのは、石川県七尾市で創業以来70年近くにわたり、地域に電気というライフラインを提供し続けてきた昇陽電機株式会社の取締役工事部長、橋口淳之介様です。

お客様第一主義を企業理念に掲げ、電気工事のプロフェッショナルとして第一線に立ち続けてきた橋口様が、震災直後の壮絶な現場で何を感じ、どのような対応に追われたのか。そして、未来の能登に向けてどのようなビジョンを描いているのか。その愚直な復興への道のりをお届けします。
Contents
七尾の歴史と共に歩む、創業約70年の電気工事のプロ集団
昇陽電機株式会社は、七尾市古府町に本社を構え、地域の暮らしと産業を根底から支えてきた電気工事のエキスパートです。

主要な事業内容は、家庭から業務用まで多岐にわたります。エコキュート、IHクッキングヒーターといったオール電化設備の故障対応から、北陸電力の委託による引込み・メーター工事、一般家庭や企業の電気トラブル出張修理まで、電気に関わることなら何でも対応できる高い技術力を誇ります。
さらに、高圧受変電設備、エアコン、防犯カメラ、そして火災報知機や避雷針といった特殊な設備まで網羅しており、その技術資格者の多さからも、地域における電気の何でも屋としての信頼の厚さが窺えます。

七尾市中島町にご在住の橋口淳之介様は、昭和56年から同社に在籍し、長きにわたり現場を牽引されてきました。
創業者は先代、現在は二代目社長の巻美智代氏が経営の舵を取ります。
橋口様は、かつての七尾の活気を記憶されています。
「70年ほど前、七尾は商業地としてとても華やかでした。呉服屋が多く、工業も盛んな都会的な場所だったんです。それに比べると、今は少ししぼんでしまったように感じます」
そう語る橋口様の言葉には、ご自身が歩んできた道のりと、故郷の変遷を見守ってきた深い愛着が滲みます。
そんな地域への想いがあるからこそ、掲げる理念はシンプルで揺るぎないお客様第一主義なのです。
忙殺された震災直後—ライフライン死守への壮絶な戦い
2024年1月1日。あの日、七尾は震度6強の激しい揺れに見舞われました。橋口様ご自身のご自宅も一部損壊の被害に遭いましたが、ご家族、従業員は全員ご無事でした。会社の事務所や建物も、物が倒れる程度の被害で済みました。
しかし、その後の日々は「忙しい」の一言では片づけられない、壮絶な戦いとなりました。
地震によって生活インフラが破壊され、お客様からの修理・応急処置の依頼が山のように押し寄せたのです。昇陽電機様が直ちに対応に奔走したのは、主に以下の3つの一次対応でした。
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電気・水の遮断: 破損した建物への電力供給を一時的に止め、特に断水が続いた地域では水回り機器の安全を確保する必要がありました。
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電線の応急処置: 家屋が傾いたことで、北陸電力の電柱から家へ引き込む電線が緩み、路面に垂れ下がって車が引っかけていくという危険な状況が多発。その緊急対応に追われました。
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ボイラーの火災防止: オール電化住宅が多いため、エコキュートや電気温水器が倒壊したり破損したりするケースが多発。中でも橋口様が最も神経をすり減らしたのは、断水下でのボイラーの空焚きによる火災を防ぐ対応でした。 「水がない状態でボイラーを入れてしまうと、空焚きで火災が発生する危険がある。それを避けるため、一月いっぱいは、ひたすらお客様のボイラーを一つひとつ切って回る対応に追われました」
プロの使命として、危険を一つでも取り除くために、正月返上でひたすら現場を走り回ったのです。
専門外の領域にも挑む—地域からの支援を力に
一次対応のヤマ場が過ぎ、断水が解消し始めた2月に入ると、今度は本格的な復旧工事に加速がかかりました。特に電気温水器やエコキュートの修理依頼は、寒さと相まって急務となりました。
しかし、ここで新たな困難に直面します。
「私たちは電気屋ですから、水道工事は専門外です。ですが、お客様はオール電化なので、電気も水回りも、すべてを求められる。できる範囲で対応しましたが、専門知識と人手の限界がありました」
寒い2月、天候の悪い中で外での作業を強いられ、休みはほぼゼロ。電気のプロとしてできることは全てやり尽くす日々でした。
そんな中、橋口様の支えとなったのは、やはり人の繋がりでした。
倫理法人会からの見舞金や、取引メーカーからの簡易トイレや水、ブルーシートといった物資の提供も助かりましたが、何より力になったのは、知り合いからの励ましの連絡でした。
物理的な支援だけでなく、精神的な繋がりが、過酷な現場で働くエネルギーになったと言います。
また、周囲の飲食店や食品販売店が被災のため営業しておらず、従業員がお弁当を買えなかった時期は、自社で炊き出しを行い、会社内でも支え合っていたそうです。
震災の教訓:備えと育成が未来を拓く
震災から時が経ち、被害を免れた地域の人々は日常に戻りつつありますが、家屋が損壊した方々にとってはこれからが本番です。七尾の街も、復興の度合いには大きな差が生じていると橋口様は見ています。
今、事業継続の上で最も大きな課題として橋口様が挙げたのは、人手不足です。

「弊社の仕事は、単一労働ではなく、配線や設備、修理など、それぞれが異なる知識と技術を要するものです。それぞれの知識と経験を習得させ、一人前を育てるのに時間がかかる業界です。最近は若い人が現場仕事を好まないため人手不足に悩まされていますが、かといって外国人を安易に入れることも難しい。20代、30代前半の若い人材に来てほしいと心から願っています」
また、震災を振り返り、「これをしておけば良かった」という教訓も語ってくださいました。それは、特殊な機材やシステムの備蓄ではなく、意外にも基本的なことでした。
「倉庫や事務所の整理整頓、棚の倒壊防止対策です。知識はあったのにしていなかった。地震で資材や部品が床にばらまかれ、整理に大変な苦労をしました。次の災害に向けて、まずは足元の整理を徹底することが重要だと痛感しています」
運命を自らまねき、愚直に地域分散を訴える
現在の昇陽電機は、国からの補助金が出始めたことで増加した本復旧工事の依頼に対応しつつ、平常業務と並行して懸命に事業を継続しています。
能登で今後どのような役割を果たしたいかという問いに対し、橋口様は「運命は自らまねき、境遇は自ら造る。これにつきます」という信条を力強く述べられました。
70代となった今も、「体力が続く限り、今までやってきたことを愚直に続ける」という姿勢こそが、能登の復興への最大の貢献であると考えています。
そして、能登の、日本の未来への提言として、次の世代へのメッセージを続けます。
「現在、補助金事業がとても多いのですが、補助金に頼ることに慣れてしまうと、商売は細っていきます。補助金事業がなくても自走していける力が会社には必要です。
そして、私がもう一つ強く訴えたいのは、一極集中ではなく『地域分散』を推進することです。能登のように個性と魅力がある地域を維持することが、日本全体の力に繋がるはずです」
能登復興に向けた二つのメッセージ
最後に、橋口様は能登の未来、そして全国の皆様へ向けた熱いメッセージをくださいました。
能登の若い人々へ
未来を担う若い人たちには、ぜひこの能登の地で働き、地域に貢献していただきたいと願っています。仕事を通じて着実に資格やスキルを身につけるとともに、この地域に根差した仕事の持つ、他では得られないやりがいを深く見出してほしいと期待しています。
全国・外の支援者の皆様へ
全国からお寄せいただく支援者の皆様からの温かい励ましの言葉は、私たちの何よりの力となります。それに加え、能登の企業が提供する商品やサービスを継続的に利用していただくことが、地域の経済を支え、復興を力強く後押しする、最も実効性のある支援となります。
能登の灯を守り続ける昇陽電機株式会社。その愚直で揺るぎないプロ意識が、七尾の、そして能登の復興の光となることでしょう。
企業詳細
昇陽電機株式会社
住所: 〒926-0031 石川県七尾市古府町い部25番地1
電話番号: 0767-52-6719
事業内容: 電気工事全般、各種設備工事、住宅リフォーム、家電販売など


















