
「工場の屋根が、地面についていました。」
震災の翌朝、提携工場を見に行った時の光景を、山﨑創さんは静かにそう振り返ります。
2024年1月1日に発生した能登半島地震。
この地震は、能登に暮らす多くの人の生活や仕事を大きく変えました。
羽咋市にある有限会社ヤマザキクリエイトも、そのひとつです。
メインの提携工場が崩壊し、ものづくりの拠点を失うという出来事に直面しました。
しかし、この会社はそこで立ち止まりませんでした。工場がなくなったなら、自分たちで作るしかない。そんな思いから、新しい一歩を踏み出します。
今回はヤマザキクリエイトの役員の皆さんに、震災の日の出来事、そしてその後の挑戦についてお聞きしました。
Contents
家族それぞれの得意分野で動く会社
有限会社ヤマザキクリエイトは、創業時はトリキゴルフクラブという、七尾市にあった屋外の打ちっぱなしのゴルフ練習場で、現社長山﨑系司さんの奥様のご実家の家業でした。
2021年に、現社長が独立する際に事業承継し、本社を羽咋市に移転し、現在は、ニット生地の企画製造販売を中心とした繊維事業をはじめ、ゴルフ事業、教育事業など、いくつかの分野の事業を行っています。
一見するとバラバラな分野の事業を行っているように見えますが、実際には役員である家族それぞれの得意分野を活かして複数の事業をおこなっている会社です。
能登の素材を能登の技術で!
代表の山﨑系司さんは、長年ニット業界で生地の企画開発に携わってきました。
ニット素材の特性や製造工程に精通し、業界の中で培ってきた知識や人脈を活かして、現在もBtoBのニット生地の企画製造販売を主に行っています。

「こんな生地が作りたい」というメーカー様などの要望を受けて、どんな糸を使って、どんな編み方をするのかを考え、実際にそれを形にする技術の高さに定評があるようです。
近年はオリジナル素材の開発にも取り組んでおり、特に注目されているのが能登産の珪藻土を練り込んだ糸コレガナイトです。
珪藻土が持つ調湿性や消臭効果を活かしたこの糸は、粉末自体を糸に練り込んでいる素材なので、洗濯しても効果が落ちないという特徴があります。
この機能を活かした自社商品の開発も始め、これまでに、珪藻土スーツ、消臭靴下、肌に優しい枕カバーやルームウェアなどの、生活に寄り添うさまざまな製品を開発し、展示会やクラウドファンディングなどを活用して販売してきました。



製造面を支えているのが長男の山﨑創さんです。現場の製造責任者として生産全体を管理しています。
染色会社での勤務経験もあり、染色と丸編みニットの製造の両方の知識も持ち、素材の特性を理解したうえで製造工程を調整できることも、同社の強みの一つだといいます。
ゴルフをもっと気軽に「ゴルフプライム」「Z-GOLF」
また、次男の山﨑至さんはゴルフ事業を担当しています。
インドア練習場「ゴルフプライム」や、サブスク型ラウンドサービス「Z-GOLF」を運営しています。
もともと、祖父母が経営していたゴルフ練習場で幼い頃からゴルフに親しんでいたこともあり、ゴルフの楽しさ、ゴルフを通して得られる人との縁のありがたさなどを実感していたとおっしゃる至さん。
「たくさんの人に、もっと気軽にゴルフを楽しんでもらえる環境をつくりたい」
そんな思いから、初心者でも利用しやすい環境づくりや、できるだけ低価格で利用できる仕組みづくりを目指したとのことで、どちらも、当時は北陸初のサービスだったとのことです。(サービス詳細は画像をクリック)
個性を活かし、笑顔あふれる組織作りをサポート
さらに教育事業を担当しているのが山﨑香織さん。
英語教師や論理国語塾経営などの他、人材育成コンサルタントとして企業研修や講演活動を行い、
「個性を理解し合い、生かし合える職場づくり」
をテーマに、笑顔があふれる組織づくりのサポートをしています。

こうして見ると多様な事業が並びますが、実際には家族全員がそれぞれの分野で力を発揮しながら、他の事業のサポートも行い、会社全体を支え合っているのだそうです。
お正月の団らんの最中に起きた地震
震災が起きたのは2024年1月1日。
家族は七尾の家に集まり、お正月を過ごしていました。
創さんの奥様やお孫さんも集まり、おせち料理を囲みながら、にぎやかな時間を過ごしていたといいます。
子どもたちと一緒におしゃべりしたり、ゲームをしたりと楽しく過ごしていました。
創さんの家族が、「そろそろ羽咋の家に帰ろうか」と言ったタイミングでした。
突然大きな揺れが襲いました。
この時の揺れも相当大きかったので、これで収まったのか?逃げた方が良いのか?と迷っていたときでした。
二度目の更に大きな揺れが起きました。
「さすがにこの時は、命の危険を感じました」と当時を振り返ります。
幸い全員無事で、とりあえず近くの体育館に避難しました。ところが、そこが避難所としての準備が整っていなかったため、建物の外で待つように指示されたので、それならと一度自宅に戻りました。
「実際、どこが避難所なのか、事前にちゃんと把握しておくべきでした。いつどこで、何が起こるか分からないと頭では分かっていても、どこかで自分事として考えられてなかったんですね」
家の中では食器棚の茶碗が割れ、本棚から本が落ちていました。
ただ建物は耐震の鉄骨造だったため、大きな被害はありませんでした。
そのまま全員で自宅で過ごすことにしましたが、何度も起こる余震で、揺れるたびに孫たちはテーブルの下へ潜り込みます。
その姿を見守りながら、家族は不安な夜を過ごしました。
翌朝知らされた工場の崩壊
翌朝、一本の連絡が入ります。
「工場が潰れた」
メインの提携工場が地震で崩壊してしまったのです。現地に向かうと、そこには信じられない光景が広がっていました。
「屋根が地面についていました」


その工場には、実は創さんが勤めていました。そして2月には事業承継して社長になる予定だったといいます。
より連携を強めた生産体制を築こうとしていた矢先の出来事でした。
廃業という決断
震災後、提携工場では再建の可能性についても話し合われ、なりわい補助金を活用した立て直しの提案もしたそうです。
しかし当時の経営陣は、今後の見通しを考え、廃業を決断します。
繊維産業の衰退、震災による被害、状況は決して明るいものではありませんでした。
それでもヤマザキクリエイトには強い思いがありました。
「地元の産業を、少しでも残したい。職人達を守りたい」
なりわい補助金が使えない状況の中、賃貸倉庫を探し、機械を購入し、一部の従業員を引き受けて、ヤマザキクリエイトは自社工場を立ち上げる決断をします。
それは簡単な挑戦ではありませんでしたが、「とにかくやれることをやろう」という思いで、少しずつ準備を進めていきました。
震災直後、会社は支援拠点にもなった
震災直後、もう一つ大きく動き出した活動がありました。山﨑香織さんが代表を務めるのとルネの活動です。
それまで能登地域の魅力発信を行っていた団体でしたが、震災をきっかけに被災地支援へと活動を広げていきました。
・被災地の情報収集と発信
・支援物資の受け入れと配布
・遊び場をなくした子ども達のためのみんなの遊び場の設置
・学生のための学習スペースみんなの学び場の設置
・無料カウンセリングの提供を行うみんなの保健室の開設
これまでの活動で築いてきた、様々な方の協力を得ながら、とりあえず、「必要だと思ったらなんとかしてやる」という姿勢で、次々と始めた取り組み。
その活動の支えとなったのが、ヤマザキクリエイトでした。
SNSによる情報発信や支援の呼びかけ、遊び場や学び場などの設置作業や、そこでのイベント開催のサポートなど、のとルネとしての活動を、役員や家族が積極的にサポートしてくれました。
「のとルネのメンバーやボランティアの方の力が本当に大きかったです。でも『家族がみんな助かったのだから支援する側になろう』という気持ちを会社や家族が理解し、支えてくれたことに、とても感謝しています」と香織さんは振り返ります。
能登で「暮らしと心を豊かにする」ものづくりを続ける
2024年は、震災、工場崩壊、支援活動。まさに、息つく間もないような大変な一年でした。
それでもヤマザキクリエイトの挑戦は続いています。
操業2年目となる自社工場も、新しい取引先からの開発依頼なども増え、ようやく軌道に乗ってきた感じだそうです。また自社製品の開発も、さらなる進化を目指して頑張っているとのことです。

社長の山﨑系司さんが長年培ってきたニットの知識と人脈。創さんの製造技術。至さんのゴルフ事業。香織さんの人材育成の活動。
家族それぞれの強みが重なり合い、会社は少しずつ前に進んでいます。
能登のものづくりを未来へつなぐために。ヤマザキクリエイトの挑戦は、これからも続いていきます。
有限会社ヤマザキクリエイト 企業詳細
住所:(本社)〒925-0026 石川県羽咋市石野町ホ57番地
電話 0767-23-4716 FAX 0767-23-4953
(羽咋工場)〒926-0615 石川県羽咋市千代町い107-3
電話 0767-23-4716FAX 0767-23-4716
公式サイト ヤマザキクリエイト -



















