
能登半島地震の発生直後、電気も水道も止まり、地域は大きな混乱の中にありました。
そんな状況の中で、石川県能登町でいち早く動き出した事業者の一つが、有限会社三栄自動車工業です。
車が生活インフラそのものであるこの地域で、三栄自動車の社長・堂前享保さんは「困っている人を助けたい」という思いを胸に、震災から約2週間後には営業を再開。ロードサービスを中心に、人々の暮らしを支え続けてきました。
本記事では、震災当時の様子から再開までの歩み、そしてこれからの能登への想いについてお話を伺いました。
Contents
車検・整備・板金塗装の地域密着サービス
三栄自動車は、能登町で車検・自動車整備・板金塗装・自動車販売を手がける地域密着型の自動車会社です。車検整備を中心に、低価格・短納期・高品質を強みとし、事故対応から修理までを自社で一貫して行えるワンストップ対応も特長です。能登の暮らしに欠かせない車を支える存在として、地域の安心と移動を支え続けています。

自宅と避難所を行き来した震災直後
地震発生当日、社長は自宅で家族と過ごしていました。大きな揺れのあと、電気も水道も止まり、日常は一変します。まだ小さなお子さんもいたため、避難所では周囲に気を遣う場面も多く、寒さの厳しい中、自宅と避難所を行き来しながら過ごす日々が続いたといいます。
社員の皆さんもそれぞれ被災し、中には自宅での生活が難しくなった方もいました。それでも大きな人的被害はなく、会社として再び動き出す準備を進めていきました。

店舗も被災。それでも再開できたのは「人」がいたから
店舗も一部損壊の被害を受け、営業再開にはまず片付けが必要でした。建物自体は大きく損傷していなかったものの、店内は大きく乱れ、水も十分に使えない状況。トイレ用の水は、ためてあった水や川の水、飲料水は、給水車の水を活用してしのいだそうです。
そうした厳しい状況の中でも、営業再開は地震から約2週間後の1月14日ごろ。通常より遅れての再始動ではありましたが、社員全員が出勤してくれたことが大きな支えになりました。社長は「人の面では本当にありがたかった」と振り返ります。
最初に求められたのは、被災地の緊急対応だった
再開直後、最も多かった依頼はロードサービスでした。
屋根瓦が落下し車が損傷する、道路状況の悪化でパンクする、路肩に落としてしまうなど。地震の影響で被災地では、日常では想定しにくい車のトラブルが次々と発生しました。特に能登町から珠洲市、輪島市など奥能登地域ではその需要が大きく、1月から2月にかけての約2か月間は、ロードサービス対応に追われる日々が続いたといいます。
一方で、車検は期限のある仕事でもあるため止めるわけにはいきません。三栄自動車では、車検対応とロードサービスを並行しながら、地域の車社会を下支えしていきました。
「車がなければ暮らせない」地域だからこそ
能登では、車は単なる移動手段ではありません。通勤、通院、買い物、家族の送迎など、暮らしそのものを支える欠かせない存在です。公共交通機関が限られる地域では、車が使えなくなることは生活の停止に直結します。
社長が再開を急いだ理由も、まさにそこにありました。
「この地域は公共交通が少なく、車が生活インフラ。困っている方がたくさんいた。車屋として何ができるかと考えたとき、早く動いてお助けしたい、その思いだった」
震災直後は、まだ営業を再開していない同業者も多かった中、三栄自動車は能登町でも比較的早い段階で営業を始めた一社だったそうです。その結果、「開いていて助かった」「やっていてよかった」といった感謝の声が多く寄せられ、それが何より嬉しかったと話してくださいました。

支えてくれたのは、業界の仲間と横のつながり
一方で、三栄自動車自身も多くの支援に支えられてきました。同業の整備業界団体や、加盟している車検フランチャイズのネットワーク、取引先などから、物資面・金銭面の両方で支援が寄せられたといいます。
特に印象に残っているのは、震災からまだ間もない4日か5日ごろ、富山の同業者が水や生活物資をかき集めて届けてくれたことでした。物流も滞り、食料や紙類、日用品の確保にも苦労していた時期だけに、その支援は大きな励みになったそうです。
災害時に改めて見えたのは、同業者同士の支え合いと、人とのつながりの大切さでした。
地域の役に立てる仕事だと、改めて実感した
震災を経て、社内でも自分たちの仕事の意味を改めて見つめ直す機会になったといいます。
普段は当たり前のように続けている仕事も、非常時には地域の暮らしを守る大切な役割になる。お客様の役に立てること、自分たちの事業がこの地域に必要とされていることを、社員の皆さんとともに再認識したそうです。
この地域でこの事業をやっている意味は、ちゃんとある
その実感が、忙しさの中でも前を向く力になっていったのかもしれません。
三栄自動車の強みは「整備力」と「見える化」
三栄自動車の創業は昭和58年。創業者である先代社長が、漁師から転身して立ち上げた会社です。現在は、車検・整備を中心に、板金塗装や車両販売まで幅広く手がけています。
中でも大きな強みは、車検や整備における確かな技術力です。三栄自動車では、低価格・短納期・高品質を掲げ、お客様が安心して依頼できるよう、事前見積もりによる明朗会計を徹底しています。
整備内容や料金についても、できるだけわかりやすく丁寧に説明し、不透明さをなくす見える化を大切にしてきました。修理後のアフターサービスにも力を入れており、長く安心して車に乗り続けられる体制が整っています。
さらに、板金塗装も自社で対応できるため、事故時の相談から修理までをワンストップで任せられるのも大きな特長です。相談先が一つで済むことは、利用者にとって大きな安心につながっています。
社員が残ってくれたことが、一番嬉しかった
震災後は、能登を離れる人が増え、人手不足が一気に深刻化した業界も少なくありません。そんな中で、三栄自動車では社員が残り、ともに会社を支え続けてくれました。
社長は、お客様からの「助かった」という言葉と同じくらい、社員の皆さんがこの地に残ってくれたことが嬉しかったと語ります。地域に根差す企業にとって、人は何よりの力です。苦しい時期をともに乗り越えてきた仲間の存在が、会社の未来を支える土台になっています。
次の世代へ、魅力ある会社を残したい
社長が今見据えているのは、単に事業を続けることだけではありません。これから先30年を見据え、次の世代にしっかりバトンをつなげる会社をつくることです。
人口減少が避けられない能登で、若い世代にここで働きたい、この会社を継ぎたいと思ってもらえるような、魅力ある事業を残していきたい。人材育成にも力を入れながら、最後まで地域に必要とされる一社でありたい。その言葉には、地域とともに歩み続ける覚悟がにじんでいました。
人とのつながりが、再び前を向かせてくれた
取材の最後に、倫理法人会に入っていてよかったことについて伺うと、震災後の印象深いエピソードを話してくださいました。
震災直後は業務に追われ、モーニングセミナーに参加する余裕もなく、「行かなくてもいいか」と思っていた時期もあったそうです。けれど会員の方から声をかけられ、再び参加するようになると、温かい言葉に励まされ、落ち込んでいた気持ちが少しずつ前を向いていったといいます。
人とのつながりを持つことの大切さ。
それは災害時だけでなく、その後を生きていくうえでも、欠かせない力なのだと改めて感じさせられました。
震災直後、生活も仕事も混乱する中で、三栄自動車は地域の足を守るために動き出しました。車がなければ暮らしが成り立たない能登だからこそ、その存在は単なる自動車会社にとどまりません。地域の暮らしを支えるインフラの一つとして、多くの人を支えてきたのです。
困っている人を助けたい
その思いを胸に、三栄自動車はこれからも地域とともに走り続けます。

有限会社三栄自動車工業 企業詳細
所在地 石川県鳳珠郡能登町字宇出津ロ15-1
TEL0768-62-3511
会社HPhttps://www.sanei-noto.co.jp/


















