
石川県七尾市中島町奥吉田。のどかな田園風景の中に、壁に可愛い黄色いひまわりマークが書かれている施設があります。放課後等デイサービス「サンフラワー」です。代表の山花剛さんは、長年野球の監督を務めてきた人物。福祉とはおよそ縁遠いキャリアを歩んできた山花さんが、なぜこの道を選んだのか。そして能登半島地震という未曾有の試練を経て、何を感じ、何を目指しているのか。山花さんにじっくりお話を伺いました。
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野球監督から特別支援の世界へ異色の転身

「実は私自身、小さい頃にひどい吃音(どもり)だったんです」と山花さんは話します。言葉がうまく出ず、いじめられた経験もありました。それでも星稜高校の野球部で厳しい指導を受け続けるうちに、人前で話す度胸が身についていきました。
その後、ご自身が野球の監督を経験され、最後に監督を務められたのは日本航空高校でした。監督を退いた後、七尾特別支援学校への勤務の話が舞い込みます。最初に配属されたのは七尾病院内の分教室。脳性麻痺の生徒のおむつ交換から始まり、食事介助、学習サポートと、それまでとはまったく異なる世界に飛び込みました。右も左も分からない山花さんが、初めて受け持った子で今も忘れられない出来事があります。トイレトレーニングをしている子が失敗にした時、思わず「(先に)言ってよ」と言ってしまったのです。その時、ベテランの主任教師からピシャリと言われました。「その子がそんなことを言えたら、あんたなんかいらんのや!」。子どもが言葉にできないから支援者がいる。山花さんにとって目から鱗が落ちる一言でした。この人に認められたいと奮起し、これがきっかけとなり必死に学び続けたそうです。後に、ご自身で施設を立ち上げようと思いサンフラワーが産声を上げました。施設名の由来は、認可が下りた際にふと思い浮かんだ高校時代の修学旅行のフェリーさんふらわあ。「理由なんて何もないんです」と山花さんは笑います。

3つの施設が生まれた理由、保護者の声に応え続けて
サンフラワーに通う子どもたちが卒業の年齢に近づくにつれ、保護者から「卒業後の行き場がない」「家庭的な小さな施設がほしい」という切実な声が届くようになりました。その声に応える形で立ち上げたのが、生活介護施設にじです。施設名は当時通っていた高校3年生の利用者が考えてくれたもので、「私が考えたんじゃなくて、利用者が考えた名前なんです」と山花さんは嬉しそうに話します。
さらに、利用者が50代・60代になっても安心して暮らせる場所をという保護者の願いを受け、グループホームあさひも開設しました。私たちがいなくなった後、この子は誰が面倒を見てくれるのかその切実な保護者の不安に寄り添いたいという思いが、施設づくりの根底にあります。男女それぞれ5室ずつ、合計10室の小規模なグループホームは、和やかな空間を大切にした、家庭的な場所となっているそうです。
「食育」と「体育」田舎だからこそできること
サンフラワーが大切にしてきた二つのモットーが食育と体育です。施設の横には田んぼ一枚分を埋め立てたミニ運動場、納屋を改装したミニ体育館にはボルダリングの壁も備わっています。地元のプールがある施設を利用し水泳教室も行っており、支援学校の先生も驚くほどの取り組みだといいます。


なかなか自転車に乗れなかった子に乗り方を教えて、1時間の練習で乗れるようになり大変喜ばれたことから、自転車教室もスタートしました。食育の面では、おにぎりやお好み焼きなど手作りのおやつを提供し、施設の畑で育てたじゃがいもでカレーを作ることも。「街中の施設だと一室で宿題をするだけで手一杯になってしまうこともある。田舎だからこそできることを、やっていきたいんです」と山花さんは言います。
震災当日——地域を守るために飛び出した
2024年1月1日午後4時。家族の新年会の準備をしていた山花さんを、大きな揺れが襲いました。家中のありとあらゆるものが落ち、障子が破れ、ガラスが散乱しました。
揺れが収まると、山花さんはすぐに動き出します。市議会議員という立場から、大津波警報が出る中、七尾市中島町の豊川地区と笠師地区を車で回り、住民に避難を呼びかけました。一人ひとりに高台への避難を促しました。中には「もうここで死んでもいいわ」と言うお年寄りもいて、どうしても避難をしてくれませんでした。そこで、自宅にあったおせち料理を持って行ったそうです。後から話しを聞くと、そのお年寄りは4日間そのおせちで過ごしたといいます。
また、中島駅で駅弁を販売していたいとこに声をかけ、列車に取り残された観光客を旧中島高校の高台へ誘導してもらいました。野球の審判部のつながりで控室の鍵を開けてもらい、電気もエアコンも使える場所へ避難させることができました。翌朝にはそのいとこが手作りのおにぎりと汁物で観光客をもてなしてくれたのです。「人のつながりって、本当にありがたいと思いました」。
3施設の復旧、それぞれの苦境と再出発
施設への影響は深刻でした。最大の問題は水が出なかったこと。放課後等デイサービスサンフラワーはトイレが使えず一時休館となりましたが、中能登町の旧保育園スペースを借りて仮運営を続け、夏休みが始まる頃にようやく元の施設へ戻ることができました。生活介護施設にじは建物が若干傾いたものの、職員が毎日飲料水をタンクで運び込みながら修繕工事を並行して進め、ほぼ通常どおりの運営を維持しました。
最も復旧に時間がかかったのがグループホームあさひです。建物が大きく傾き、利用者全員が金沢・富山の施設へ緊急移転。なれない場所での生活は、利用者にとって大きなストレスとなっていたようです。床下を全面的に掘り返す大規模工事は、人手不足も重なって冬から夏までかかり、ようやく8月に完了。利用者が住み慣れた場所に帰ってこられたのは、震災から半年以上が過ぎた頃でした。「帰ってこられたとき、皆さん本当に安心した様子でした。顔を見ればわかる。ああ、よかったと思いました」と山花さんは静かに語ります。
多くの支援と、日本トイレ研究所との縁
苦境の中、多くの方々に支えられました。ボランティアによる施設の清掃、支援物資の搬入、給水の手伝い。自宅の後片付けもままならない中、震災から数日後には施設に駆けつけてくれた職員もいました。中でも印象深かったのが、東京から駆けつけた日本トイレ研究所との出会いです。使うとすぐ固まる簡易トイレの作り方や処理方法を教えてもらい、施設のトイレ問題の改善に取り組みました。その後、山花さんは東京ビッグサイトでのイベントにパネラーとして招かれ、震災時のトイレ事情を語りました。さらにそのご縁が広がり、震災から1年ほどが経った頃、日本トイレ研究所と王子製紙の後援のもと、七尾市内の小学校3校でうんこ教室が開催されることになりました。一つの縁が次の縁へとつながっていく、山花さんらしい繋がりの広げ方でした。
子どもと家族、地域を繋ぐ場所として
サンフラワーは子どもたちの居場所であるだけでなく、子どもと家族、子どもと学校、地域を繋ぐ橋渡し役でもあります。母子家庭のお母さんの深夜の電話相談、児童相談所との連携、送迎時に家の様子を気にかけて月に一度掃除を手伝いに行くスタッフなど。「やってみないとわからないことって、本当にたくさんあるんです」と山花さんは言います。ハロウィンには子どもたちが仮装して近所を回り、今では地域のお年寄りが毎年楽しみに待ってくれるようになりました。地域から野菜の差し入れが届くこともあり、施設はこの地にしっかりと溶け込んでいます。
就労へ、子どもたちの可能性を社会へ
これまでにサンフラワーから3名が一般企業への就労を果たしています。地元スーパーのバックヤードで野菜のカットを担当する子、総菜コーナーで働く子。送迎中に交通標識を一緒に覚えて見事に運転免許を取得した利用者もいます。今後は就労支援施設の設立も目指しており、農業、ビール工場でのラベル貼り、清掃作業など、その子の得意なことに合わせた仕事を少人数から始めようと準備を進めています。「子どもたちは、誰も教えていないのに絵が抜群に上手い子、ブランコをサーカスのように乗りこなす子など、本当にずば抜けたものを持っている。障害があるからじゃなくて、その子にしかない光を見つけて伸ばしてあげる、それが私たちの仕事だと思っています」。
震災を経て変わったこと
震災を経て、備蓄の見直し、避難訓練、AEDの設置など危機管理への備えを徹底するようになりました。しかしそれ以上に変わったのは、日常への向き合い方です。「当たり前に仕事ができること、ご飯が食べられること、すべてのことに感謝するようになりました」。職員たちも口をそろえて働けることへの感謝を話されているといいます。
これから山花さんが施設として目指すことは何でしょうかと伺いました。「子どもたちの可能性を伸ばしていくために、一緒に悩み、一緒に考えながら、お子さんとご家族のお手伝いができればと思っています。スタッフのみんなには本当に感謝しかない。これからも食育と体育を大切にしながら、みんなで笑い合える場所を作っていきたいです」と話されました。
「能登は、絶対に負けない」

山花さんは、市議会議員としても活動されています。
山花さんは毎朝7時から8時10分まで、黄色いジャンパーと帽子に身を包み、復活能登と書かれたのぼり旗を持って国道沿いに立ち挨拶運動を行っています。復興ではなく復活という言葉にこだわるのは、山花さんなりの意志の表れです。仮設住宅の配置問題、上下水道の本格修繕、障害のある方専用の避難所整備など、現場の声を行政に届けることに奔走しています。
野球一筋だった男が、気づけば子どもたちと畑を耕し、自転車を押して、毎朝のぼりを持って立っている。その姿は、能登の人たちの粘り強さそのものです。サンフラワーの黄色い花は、これからも中島町の空の下で、静かに、力強く咲き続けていきます。
企業詳細
放課後等デイサービス・児童発達支援 サンフラワー
代表 山花 剛
住所 石川県七尾市中島町奥吉田一番地
電話 0767-66-6010

















