
能登で暮らす人にとって、車は毎日を支える大切な存在です。通勤や買い物、通院、家族の送り迎え。何気ない日常の一つひとつを、車が支えています。だからこそ、困ったときに気軽に頼れる自動車屋さんが地域にあることは、大きな安心につながります。
石川県中能登町で長く地域に寄り添ってきたおうぎオートは、車検や整備、自動車販売、自動車保険、名義変更などの各種手続きまで、車にまつわるさまざまな相談を受けてきました。能登半島地震では会社も大きな影響を受けましたが、それでも変わらなかったのは、「車のことなら、まずここに相談しよう」と思ってもらえる存在であり続けたいという思いです。創業者の思いを受け継ぐ二代目代表・高橋司さんに、震災当時のこと、その後の苦労、そしてこれからの未来についてお話を伺いました。
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安心を優先する、ていねいな車検と整備
おうぎオートの仕事の中心は、車検と整備です。近年は短時間で終わる車検も増えていますが、ここで大切にしているのは、早さよりもしっかり点検すること。見た目では分かりにくい不具合も、できる限り見落とさないように確認し、安全につながる部分はきちんと伝えることを心がけています。
そのぶん、ときには予定より費用がかかることもあります。それでも、走行中のトラブルや事故につながるような箇所をそのままにしないことが、お客様の安心につながると考えています。最終的にどうするかはお客様の判断に委ねながらも、必要なことはきちんと説明する。その誠実な姿勢が、おうぎオートの信頼を支えているのだと思いました。
「町医者」のように、まず相談を受け止める存在
おうぎオートのあり方を表す言葉として印象的だったのが、町医者という表現でした。
自分たちだけですべてを抱え込むのではなく、必要に応じてメーカーやディーラーにも確認しながら、お客様にとってより良い方法を探していく。できないから終わり、ではなく、まずは困りごとを受け止め、解決へ向けて動いていく。そんな姿勢に、この言葉がぴったり重なります。
寄せられる内容は、修理や整備だけではありません。車の購入に伴う名義変更など、複雑な手続きについて尋ねられることもあります。そんなときも、困っている方に寄り添いながら、一つひとつ整理して対応していく。おうぎオートが地域の人にとって「車のことなら、まず相談してみよう」と思える存在である理由は、そうした姿勢にあるのだと思いました。

受け継いできたのは、地域とのつながり
おうぎオートの創業は昭和36年。大阪で修業していた先代が地元に戻り、会社を立ち上げたのが始まりです。
高橋さんは、自動車短大を卒業後、石川トヨタで経験を積み、平成2年に家業へ戻りました。平成12年に代表を引き継ぎ、先代から受け継いだ地域との信頼を大切にしながら、お客様と向き合い続けています。
お話の中で印象に残ったのは、「もともと、そこまで車が好きだったわけではない」という率直な言葉でした。機械いじりは好きでしたが、最初から強くこの道を目指していたわけではなかったそうです。それでも、現場で車に向き合い、仕事を重ねるうちに、少しずつこの仕事が自分の中に根づいていったことが伝わってきました。
長年通っているお客様の中には、先代の時代からのお付き合いが続いている方もいます。親から子へと信頼が受け継がれていく関係があるのは、長く地域に根ざしてきた会社だからこそ。目立つことよりも、目の前の仕事を一つひとつ丁寧に積み重ねてきた時間が、おうぎオートの歴史を築いてきたのだと思いました。
従業員を大切にしながら、人を育てる
会社として大切にしていることを尋ねると、最初に返ってきたのは「従業員を大切にする」という言葉でした。
地方では、整備の資格を持つ人材を採用することは簡単ではありません。だからこそおうぎオートでは、入社してから仕事をしながら資格を取ってもらう形で、人を育ててきました。タイヤの脱着やオイル交換といった基本的な作業から始め、講習を受けながら少しずつ技術を身につけていく。資格取得の費用も会社が支えています。
今いるスタッフの多くは地元の方で、長い方は30年以上勤めているそうです。少人数の職場だからこそ、人間関係への気配りも欠かせません。働く人を大切にしながら、地域で働く人を育てていく。そうした積み重ねこそが、おうぎオートの大きな力なのだと感じました。
地震の日、会社の中で起きていたこと
2024年1月1日の能登半島地震では、おうぎオートも大きな揺れに見舞われました。会社では、パソコンが落ち、棚のものが崩れ、店内や工場内は物が散乱。キャスターのついた機械が動いたり、壊れたりしたといいます。
建物は大きく傾くような被害こそなかったものの、床には細かなひびが入り、壁に亀裂が入りました。お正月で預かっている車が少なかったため、お客様の車に被害が出なかったことは、不幸中の幸いだったとのこと。
ただ、水は約1週間止まり、機械にも不具合が出て、すぐに通常通りの仕事へ戻れる状況ではありませんでした。片付けや設備の確認、補修を一つひとつ進めながら、少しずつ仕事を再開する準備を整えていったそうです。
震災後に減った仕事と、その後の苦労
震災後しばらくは、地域全体が被災し、誰もが自分の暮らしを立て直すことで精いっぱいでした。そんな状況の中、車の修理や買い替えどころではないという空気が広がり、仕事はいったん減ったそうです。従業員の中にも、自宅の片付けや生活再建を優先しなければならない方がいました。
けれど、少しずつ生活が動き出すと、今度は震災の影響による修理が増えていきます。道路状況の悪化によるパンクや、段差の衝撃で足回りに不具合が出るなど、普段はあまりない修理も持ち込まれるようになりました。板金の依頼もあったものの、外注先はどこもいっぱいで、何カ月も待ってもらわなければならないこともあったそうです。
さらに、修理や車検に必要な部品が思うように入らない時期もありました。機械の不具合も重なり、思うように進まないもどかしさもあったはずです。それでも、その時々にできることを一つずつ積み重ねながら、地域の足を止めないよう踏ん張ってこられました。
支えられた経験を、これからの力に
震災後、おうぎオートを支えたのは、自動車業界の仲間たちでした。所属するロータスクラブからは早い段階で水が届き、自動車整備振興会をはじめ、全国の自動車関係者から寄せられた支援が、大きな力になったそうです。支援を受けた経験があるからこそ、もし次にどこかで同じようなことが起きたなら、今度は自分たちができることをしたい。そんな思いも自然と生まれています。能登への気持ちについても、「自分にできることはお手伝いしたい」と、飾らない言葉で話してくださいました。その言葉からは、この地域で生きてきた人ならではのあたたかさが伝わってきました。
これから先を見据えたとき、大きな課題は事業承継です。車の技術は進化し、地域では人口減少や高齢化も進んでいます。それでも、「必要としてくれるお客様がいる限り、なんとかやっていけたら」という言葉には、静かで確かな覚悟がにじんでいました。
困ったときに思い出してもらえること。まず相談してみようと思ってもらえること。おうぎオートが守り続けてきたのは、そんな日々の信頼です。震災を経験した今も、その役割は変わりません。地域の暮らしにそっと寄り添いながら、おうぎオートはこれからも能登の毎日を支え続けていくのでしょう。

企業詳細
有限会社おうぎオート
住所 石川県鹿島郡中能登町能登部上リ-129
TEL 0767-72-2249
営業時間 8:45~17:30
定休日 日曜日、祭日、土曜日(不定休)、お盆休み、年末年始


















