
毎日の食卓に欠かせない卵。その当たり前の暮らしを支えるために、今日もトラックが石川県内を走っています。
石川県穴水町を拠点に約60年、365日休むことなく食品物流を支えてきた能州運輸株式会社。現在はトラック21台、従業員18名体制で、卵の配送を中心に石川県内の物流を支えています。
代表取締役の垣内社長は、長年ドライバーとして現場を支えてきた経験を持ち、約8年前に2代目として経営を引き継ぎました。
「インフラに近い、日常生活に直結している仕事です」
食品の配送、とりわけ卵の配送を主軸とする能州運輸の仕事は、365日休むことがありません。スーパーが営業し続ける限り、トラックも走り続ける。そうした責任感と誇りが、垣内社長の言葉ににじんでいました。
Contents
瓦工場からトラックへ——受け継がれてきた動く仕事
能州運輸の歴史は、垣内社長の祖父の代にさかのぼります。もともとは瓦工場を営んでいましたが、先代が「別の事業をやってみたい」と運送業に挑戦したことが、現在の能州運輸の始まりです。
創業当初から卵の配送を中心に据え、石川県内の食卓を支え続けて約60年。垣内社長が家業に入ったのは学校卒業後すぐのことでした。
「運転が楽しい」
その言葉どおり、自然な流れで家業に入り、ドライバーとして経験を積み重ねてきました。現在も人手が足りない時やトラブルが発生した際には、自らハンドルを握ります。
業務の約7割を4トン車が担い、大型車による配送や長距離輸送にも対応。地域の物流を支えるため、日々トラックを走らせています。

安全と人を大切に——365日を支える現場の姿勢
垣内社長が経営で最も大切にしているのは、人との繋がりだといいます。
社員もお客さんも、すべては人と人との関係の積み重ね。その考え方は、日々の職場づくりにも表れています。
職場で特に気をつけているのは交通安全と過労防止です。
「やっぱり安全面が一番ですね。過労にならないように気をつけています」
ドライバーの多くは50〜60代のベテランです。そのうえ、免許制度の変更により4トン車を運転するためには中型免許が必要となり、若い世代が入りにくくなっている現状もあります。
若い力に来てほしいという期待はありつつも、「(入社しても)続かない業種でもある」と、現場を知る社長ならではの率直な言葉も聞かれました。
鮮度が命の卵を届けるため、会社は365日稼働しています。ドライバーはローテーションを組み、誰かが必ず現場に立つ体制を続けています。

能登半島地震——あの元日、そして再起動の日々
2024年1月1日。能登半島地震が発生したとき、垣内社長は七尾市中島町の自宅にいました。
「揺れは結構強かったですね」
自宅の内装には被害が出ましたが、生活に支障が出るほどではありませんでした。しかし海岸近くに住んでいたため、津波警報を受けて近くの高台へ避難しました。
その夜は、避難してきた近隣住民とともに、焚き火を囲んだり、車内で休んだりしながら不安な時間を過ごしたといいます。
一方、穴水町の営業所には3人の社員が残っていました。年明けの配送を終えた直後でしたが、道路が寸断され帰宅できなくなりました。
2日の夕方、社員たちは通行できる道路を探しながら進み、車で行けるところまで移動しました。そして、そこからは歩いてそれぞれの自宅へ戻ったそうです。
「道路が通れるようになったのが1月5日、それまでは全然ダメでしたね」
電気や水道も使えない状態が続きました。通信環境も大きな課題でした。携帯電話やインターネットが使えない期間が続き、配送業務に必要な連絡手段の確保にも苦労したといいます。
白山へ、新たな拠点から——手探りの1年半
道路が開通した1月5日から、能州運輸は配送体制の再構築に取り組みました。
ただし、それまでと同じ形ではありませんでした。
メインの取引先であるタマゴ&カンパニー株式会社が、穴水の拠点を失ったため、白山市の倉庫を整備し、新たな拠点として稼働させました。それに伴い、能州運輸は、その新しい拠点から石川県内各地へ卵を配送することになりました。
「2日交替とか1日交替とかで回しながら。白山へ通うにも渋滞がすごくて、普段1時間で行けるところが3〜4時間かかりました。」
穴水から白山までの長い道のりを、社員たちは交代制で走り続けました。能登の奥地までは届けられない日もありましたが、少しでも多くの地域へ卵を届けようと奮闘したそうです。
「落ち着いたのは1年半くらいしてからですかね。それまでは手探りで」
その間を支えてくれたのは、従業員の頑張りと取引先の配慮でした。配送業務の集約や運賃面での協力など、多くの支えがあったといいます。
住まいに被害を受けた社員もいましたが、全員が無事だったことが何よりでした。
「とにかくみんなケガがなく良かったな」
その言葉に、社長としての率直な思いが込められていました。

倉庫を開いた、あの決断
震災後、能州運輸はもうひとつの行動を起こしていました。
穴水にある自社倉庫を、ボランティア団体へ無償で貸し出したのです。
「地震後、倉庫を貸してくれないかという話があって。うちの倉庫でよかったら使ってと言って」
水や食料の一次保管場所として活用された倉庫は、支援物資の中継拠点となりました。
今でも時折、物資を受け取りに来る人の姿があるそうです。
持っているものを地域のために役立てる。その自然な行動からも、地域とともに歩んできた企業の姿勢が伝わってきます。
防災について、正直に語ること
防災について尋ねると、垣内社長は少し考えてからこう答えました。
「道路が寸断されて孤立することもありますから、車には2〜3日分の水や食料を備えておいたほうがいいと思います」
地震が発生したとき、3人の社員は配送を終えて穴水町の営業所にいました。もし配送途中だったら、山間部などで孤立していた可能性もあります。そうした経験から、万が一孤立した場合に備え、車内に水や食料を備蓄しておくことの大切さを実感したといいます。
「分かっていても、日々の仕事が忙しいからなかなかできないんですけどね」
忙しい日々の中で備えの難しさを感じながらも、その必要性を実感している率直な言葉が印象的でした。
能登の未来へ、トラックを走らせ続ける
「人がいなくなれば物流も減りますし、働き手も減る。人口減少に対する危機感はありますね」
垣内社長は、能登の現実を静かに見つめています。
それでも未来について尋ねると、前向きな言葉が返ってきました。
「物流自体は無くならないと思うので、地域を隅々まで支えていければ」
さらに、能登を訪れたことのない人たちへのメッセージも語ってくれました。
「忘れられないように。早く復旧して、観光業とかも早く復活して、交流人口で活性化していければ」
トラック運転手という仕事の魅力について聞くと、少し表情が和らぎます。
「出かけた先々での出会いというか。その土地の美味しいものとか、景色とか。そういう楽しみも味わえる仕事ですから」
道を走ることを仕事としてだけでなく、楽しみとしても語る垣内社長。その言葉からは、長年この仕事に向き合ってきた誇りと愛着が感じられました。
震災を経験してもなお、365日走り続ける能州運輸のトラック。その荷台には卵だけでなく、地域の暮らしを支え続けようとする人々の想いも積まれているようでした。
能州運輸株式会社 企業詳細
本社:石川県七尾市中島町長浦子部9番地
穴水営業所:石川県鳳珠郡穴水町字川尻元中居南10の19の1
(運送部)TEL:0768-56-1817


















