能登半島地震から気づいた暮らしの当たり前、森村自動車商会の復興への歩み|七尾市

能登半島地震が起きたのは、2024年の元日。石川県七尾市で自動車の販売・整備を手がける森村自動車商会の社長・森村透さんは、その日も迷わず動き出しました。消防団員として地域を回り、お客様からの電話に応え、水道も使えない状況の中で店を開け続けたといいます。
「困っている人がいたら助ける」――その想いを胸に、祖父の代から続くこの場所で、地域の暮らしを支え続けてきました。震災の中でも能登のを守ろうと走り続けた、森村自動車商会の歩みをご紹介します。 

気づけば、現場へ向かっていた元日

202411日。能登半島を大きな地震が揺さぶったその日、森村さんは、正月休みを過ごしていました。

揺れが落ち着くと、まず会社に向かいました。工場の様子を確認すると、気がかりだった車両用リフトも無事。事務所内には物が散乱していたものの、建物自体に大きな被害はありませんでした。

消防団員でもある森村社長は、そのまま町内を見回り、「みんな大丈夫か」と声をかけていたそうです。そこで、町内で火事が発生したと知るとそのまま現場へ向かい、自宅に戻ったのは大分経ってからのことです。

困っている人がいれば自然と体が動くという人柄です。頭で考えるより先に、まず行動する。そんな姿勢が、言葉の端々から感じられました。

祖父の自転車屋から始まった、家族の物語

森村自動車商会は、石川県七尾市に3店舗を構える自動車販売・整備の会社です。その歴史は1988年の法人化よりずっと前にさかのぼります。現社長のお祖父さまが自転車屋を営んでいたのが出発点で、お父さまの代に自動車の事業を立ち上げ、法人化しました。家業という大きな視点では3代目、自動車会社の社長としては2代目にあたる森村さんが、今この会社を率いています。

高校を卒業してから自動車の専門学校へ進み、東京で4年間の修行を経て、故郷の七尾へと戻ってきました。車が好きで飛び込んだ世界でしたが、「今は仕事になっちゃったので」と笑います。それでも、26年以上この仕事を続けてきました。

事業内容はとても幅広く、車の販売から修理・車検・鈑金塗装・ロードサービス・レンタカー・保険まで、まるごとお任せできます。パンクやバッテリー上がり、事故車の搬送など、4トン車クラスまで対応できる牽引車も備えています。

「車を預けるなら森村さんとこや」

地域のお客さんたちはそう言って足を運んでくれます。その言葉が、ずっとここで働いてきた原動力になっているようでした。

「車がパンクした」──正月の電話から始まった奮闘

発災後すぐから電話が鳴り始めました。「車がパンクした」。道路はあちこちで荒れ、路肩が崩れていました。サービスカーで現場へ向かい、修理する。直せないものは積載車で引き取りに行く。側溝や路肩に落ちてしまった車の引き上げ要請も、次々と届きました。

本社のある中島地区は、水道が20日過ぎまで使えませんでした。それでも七尾店は水も電気も早くから使える状態だったため、動けるところから動かすという考えで、5日からお店を開けました。

車検の期限が迫っているお客さんもいました。震災による車検延長の特例措置が出たものの、お知らせが遅かったため、満了日が切れる前に通さなければならない車を優先して受け付けたのです。混乱のさなかでも、お客さんひとりひとりの事情を思いながら、できることをていねいに続けていきました。

震災で被災したスタッフもいて、通常どおり出勤できない状況の中でも、お店は閉めませんでした。それは義務感からではなく、「困っている人がいるから」という思いからでした。 

野菜を持ってきてくれる、それが能登の商売

長年この地でお店を続けてきた森村社長に、「印象に残っているお客さんとのエピソードは?」とたずねると、こんな言葉が返ってきました。

「田舎ならではですが、お客さんが野菜を持ってきてくれたりね」

にこにこしながら話してくれたその一言に、このお店と地域との関係がやさしく詰まっているように感じました。車を修理しに来るだけの場所ではなくて、顔が見えて、気持ちが通い合って、互いにさりげなく支え合っている。そういうあたたかな商売が、能登にはまだ息づいています。

震災後、そのつながりは、思わぬ形で社長の心をそっと支えてくれました。

倫理法人会の仲間からは、さまざまな支援や温かい励ましの言葉が寄せられたといいます。
中でも印象に残っているのが、金沢の芝寿しの会長さんから届いた笹寿しです。
「食べ物がないだろう」との思いを込めたメッセージ付きのパックを手にしたとき、「本当に励みになりました」と振り返ります。

全国からボランティアの方々が能登を訪れてくれるその姿を見て、社長はただただ「すごいな」と感じたそうです。そして少し落ち着いてから、静かに思ったといいます。「自分も、地域の力になれればと」。 

被災して初めて、気づいたこと

震災を経験して、仕事への向き合い方や気持ちに変化はありましたか――。そうたずねると、社長は静かにこう語ってくださいました。

「震災直後は気持ちに余裕がなくて、仕事の依頼をお断りしてしまうこともありました。でもこれからはできるだけそうしたくないな、と思っています」

自分たちの生活を守ることで精一杯の日々の中で、多くの人が能登へ駆けつけ、支えてくれる姿を目の当たりにしたことで、今度は自分も少しずつ貢献できるようにしたい。そんな想いが、やわらかな言葉の奥ににじんでいました。

さらに、震災を通して改めて感じたのは、水の大切さだったといいます。

「普段、当たり前に使えていたものがなくなることの重みを実感しました」

本社のある中島地区では、水道が20日以上停止。蛇口をひねれば水が出るという日常が、どれほどありがたいことだったのか、被災して初めて身に染みて感じたそうです。

また、防災への意識も変わりました。震災時には、自社の発電機を近隣へ貸し出したこともあったそうです。今後は会社としての備蓄やインフラ対策にも力を入れていきたいと話してくださいました。

能登の道で、これからも

前向きな話もたくさん聞かせてくださいました。

コーティング技術をもっと磨きたい。レンタカー事業をもう少し広げたい。七尾市だけでなく、金沢方面への展開も視野に入れている。人口が減っていく中でも、ただ修理するだけでなく、新しいことに挑み続けたいと想いを語ってくださいました。

後継ぎのことを聞くと、「子どもには無理に言わない。自分がやっているのを見て、興味を持ってくれればいいかな」とおっしゃいました。

取材を終えて外に出ると、七尾の空はどこまでも青く澄んでいました。どんな状況でも地域のそばにいる、というあたたかな覚悟が、社長の言葉のひとつひとつに宿っていた気がします。困ったときに迷わず頼れる場所が、能登にはあります。

企業詳細

株式会社森村自動車商会

本社 石川県七尾市中島町横田乙107 TEL 0767-66-0326

田鶴浜店 石川県七尾市田鶴浜町ヲ11番地 TEL 0767-68-2033

スズキ販売七尾店 石川県七尾市飯川町72番地 TEL 0767-57-8080

  


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