みんなの馬株式会社が珠洲で挑む、引退馬と地域をつなぐホースパーク|珠洲市

海が近く、風の抜ける珠洲の一角に、馬たちが静かに草を食む場所があります。みんなの馬株式会社が運営するSUZUホースパークです。ここで馬たちと向き合っているのは、代表の足袋抜豪さん。かつて海の中から能登を見つめてきた人が、いまは馬のそばに立ち、地域のこれからを考えています。

引退競走馬の新しい居場所をつくること。震災を経験した土地で、人がもう一度集まれる場を育てること。足袋抜さんたちが珠洲で続けているのは、どちらかひとつではなく、その両方です。たび重なる地震と大きな震災を乗り越えながら、この場所に託しているのは、馬の未来だけではありません。能登で暮らす人たちの明日につながる、小さくても確かな希望でした。 

海を撮っていた足袋抜さんが、能登で馬と出会うまで

足袋抜さんは珠洲生まれ。中学校までを地元で過ごし、高校進学を機に金沢へ出ました。能登に戻って最初に始めたのは、いまの仕事からは少し意外な、水中カメラマンとしての活動でした。もともとスキューバダイビングのインストラクターをしていたこともあり、海の中から能登を見つめ、里山里海の営みを写真や映像で伝えてきたといいます。

世界農業遺産の認定に向けた動きのなかで、地域の自然と人の暮らしがどうつながっているのかをあらためて知り、「海にやさしい農業をしたい」と考えるようになった足袋抜さん。そこから農業に携わり、さらに地域の宿泊施設木ノ浦ヴィレッジの運営も引き継ぎました。

そんな足袋抜さんのもとに届いたのが、元JRA調教師・角居(すみい)勝彦さんからの「能登で馬を生かす場をつくれないか」という話でした。最初は戸惑いもあったそうです。馬のことはよく分からないし、角居さんが競馬界でどれほど大きな存在かも知らなかった。それでも、一人で黙々と馬の世話を続ける角居さんの姿を見て、この挑戦を地域の中できちんと形にしなければと思うようになりました。

ホースパークの舞台になったのは、もともと花の栽培施設だった場所です。役目を終えかけていた土地に、新しい意味を持たせるようにして、2022年にみんなの馬株式会社を設立。引退競走馬と地域をつなぐ挑戦が、珠洲で動き始めました。

オープン目前の揺れ、そして元日の震災

本格オープンは20235月の予定でした。ところが、その直前に地震が発生し、開業は8月に延期。ようやく歩き出したと思った矢先、202411日の能登半島地震が襲います。足袋抜さんたちにとっても、牧場にとっても、あまりに大きな出来事でした。

地震が起きたのは夕方。馬たちはちょうど餌を食べ終え、馬房で落ち着いていた時間帯でした。大きな揺れで扉のロックが外れ、馬たちは自分たちで外へ出てきたといいます。スタッフはすぐに安全な場所へ馬を移し、津波警報が響くなかで、次に何を優先するべきかを必死に考えました。

その場にいた足袋抜さんは、馬たちが極端なパニックにはならなかったことを印象深く覚えています。競走馬は日頃から輸送で揺れを経験しているため、地震の揺れそのものにはある程度耐性があったのかもしれません。それでも、人の気配にはとても敏感です。「自分が焦っていることを、馬は分かっていたと思う」と足袋抜さんは振り返ります。人が不安になると、その空気を馬も受け取る。そんな関係の近さが、非常時にはいっそうはっきりと見えたのでした。

けれど、本当の苦労はそのあとから始まりました。電気は約1カ月、水道は半年近く止まったまま。道路は寸断され、普段なら10分で行ける場所へ、水を汲みに行くのに1時間以上かかることもありました。しかも馬は1頭で1日に4060リットルほどの水を飲みます。5頭分の水を確保するだけでも大仕事でした。

自分たちも被災者でありながら、足袋抜さんたちは馬たちを残してその場を離れることができませんでした。公的支援がすぐ届く状況でもなく、頼ったのはクラウドファンディングや民間の繋がりです。その民間の繋がりから人手を送ってもらい助けてもらったと言います。足袋抜さん夫妻は軽バンで寝泊まりした時期もあり、その後はインスタントハウス(簡易住宅)での生活も経験しました。日常と仕事の境目がなくなるほどの厳しい時間のなかでも、馬たちの暮らしだけは崩さないように守り続けてきたのです。

引退競走馬に、新しい役割をつくる

ホースパークの大きなテーマは、引退競走馬の新しい生き方をつくることです。競馬の世界で役目を終えた馬たちの多くは、その後の居場所を十分に持てないまま現場を去っていきます。走ることだけで終わらせず、その先の時間にも意味を持たせたい。足袋抜さんたちは、そんな思いで馬たちと向き合っています。

ここで大切にしているのは、馬を一方的に乗るための存在として見ないことです。馬は人の感情や状態を敏感に感じ取る動物で、足袋抜さんたちはその特性を生かした企業研修にも取り組み始めています。馬と一緒に歩いたり、同じ空間で過ごしたりするなかで、自分の緊張やコミュニケーションの癖に気づく人も多いのだそうです。

馬と人は対等な関係であるべきだという考えも、この場所の大切な軸です。触れたい、乗りたいという人の気持ちだけを優先するのではなく、相手に負担がないか、馬にとって心地よい関わり方かを考えること。長く人を乗せてきた馬たちだからこそ、これから先は別の形で力を発揮できる道があっていい。そんなまなざしが、ホースパーク全体に流れています。

もちろん、理想だけで続けられることではありません。馬1頭が生きていくには、餌代や医療費、日々のケアを含めて年間100万円ほどがかかるといいます。だからこそ足袋抜さんたちは、かわいそうだから守るのではなく、地域の中で役割を持ち、きちんと価値を生み出せる仕組みをつくろうとしています。やさしさを現実につなげるための試行錯誤が、この場所の日常です。

牧場を、地域のよりどころに

震災を経た今、ホースパークが担おうとしている役割は、さらに広がっています。目指しているのは、馬のいる牧場であると同時に、有事の際に地域を支えられる拠点になることです。

敷地内には井戸を掘り、浄水設備の導入を進めています。循環型トイレや蓄電設備、通信を確保するための仕組みも整備中です。次に何かが起きたとき、ここに来れば水があるここなら連絡が取れると思える場所にしたい。馬のために整えてきた環境が、地域の安心にもつながっていく構想です。

さらに、周辺には仮設住宅も多く建ち、これまでとは違う場所で暮らす人も増えました。もともとの地域から離れたことで孤立しやすくなったり、先の見えない暮らしのなかで心が疲れてしまったりする人も少なくありません。そんなときに、少し外へ出られる場所、誰かと顔を合わせられる場所があることには大きな意味があります。

今後は食堂やコワーキング機能を備えた建物の整備も予定しており、人が集まり、つながり直せる場を育てていく考えです。馬がいるからこそ生まれるやわらかな空気と、人が安心して過ごせる環境。その両方を、この場所で少しずつ形にしようとしています。

能登に必要なのは、続いていく力

足袋抜さんの話を聞いていて、何度も胸に残ったのは、この土地で生きることへのまっすぐな感覚でした。

震災直後の2年余りは、水をどうするか、人をどう戻すか、事業をどう持ちこたえるか。目の前の課題を乗り越えるだけで精いっぱいだったといいます。そんな日々を経た今、必要なのは一時的な盛り上がりではなく、続いていく仕組みだと足袋抜さんは考えています。

被災地には今も、何か力になりたいと能登を訪れる人が少なくありません。けれど、現場で暮らしや仕事を立て直している人たちにとっては、その善意をどう次につなげるかが大きな課題でもあります。

「何かしたい」「何を手伝えばいいですか」という気持ちは、もちろんありがたい。その気持ちを、継続的な関わりにつなげてもらえたらうれしい――。足袋抜さんの言葉からは、支援を拒むのではなく、本当に地域の力になる関わり方を一緒に考えたいという思いが伝わってきました。

そしてもうひとつ、強く語っていたのが若い世代への投資です。高齢化が進む能登で、次の担い手をどう育てるか。それはホースパークだけの課題ではなく、地域全体の未来に関わるテーマでもあります。

引退馬の居場所をつくることは、人の居場所を守ることにもつながっていく。足袋抜さんたちが珠洲で続けている挑戦は、派手ではないけれど、地に足のついた確かなものです。能登で生きることを、もう一度ていねいに組み立てていく。その歩みの先に、この場所ならではの希望が静かに育っているように感じました。 

企業情報

みんなの馬株式会社(SUZUホースパーク)

住所 石川県珠洲市蛸島町鉢ヶ崎36-3

TEL 0120-401-638

公式ホームページ https://www.minnano-uma.com/

 


この記事が気に入ったら
フォローしよう

最新情報をお届けします

pickup
おすすめの記事