
七尾市の中心部に事務所を構える旭電機商会は、戦後間もない頃に創業した歴史ある電気設備工事会社です。建物の電気設備から道路照明、空調設備、換気設備まで、暮らしに欠かせないインフラを陰で支え続けてきました。
3代目として会社を継いだ代表の伊藤さんは、2024年能登半島地震の際にも真っ先に地域のために動き出した一人です。被災地のインフラ復旧に奔走する一方で、すでに会社で働く息子さんへの事業承継も見据えています。
「地域が必要とする限り会社を存続させていく」という言葉には、震災を経験した今だからこその責任感と、次の世代へ会社をつないでいく覚悟が込められていました。
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戦後から70余年 地域の電気を支えてきた旭電機商会
旭電機商会の歴史は、戦後に遡ります。創業者である初代が、戦後の復興期に七尾の地で電気工事業を始めました。以来、2代目を経て現在3代目となる伊藤さんへと受け継がれ、3代にわたって地域の電気インフラを担ってきました。
伊藤さんが事業に携わるようになったのは、先代の娘さんとご結婚されたことがきっかけです。28歳の頃から現場に入り、35歳で代表に就任。株式会社への移行から18年が経ちます。「会社を継いでくれと言われたから」と、さらりとおっしゃいますが、その言葉の裏には、地域の電気を支え続ける仕事への責任感が感じられます。
現在は10名の社員を抱え、建物の電気設備工事を軸に、道路照明や空調・換気設備まで幅広く手がけています。石川県電気工事工業組合の理事を務めながら、七尾青年会議所や七尾ロータリークラブでの活動も続けてきた伊藤さん。「仕事以外でも、七尾や社会のためにできることを多岐にわたってやっていきたい」という姿勢は、創業以来変わらぬこの会社の根っこにあるものです。

お客様第一を貫く 社長自ら駆け付ける電気工事会社
旭電機商会の強みを伺うと、伊藤さんは少し笑いながらこうおっしゃいました。
「フットワークは多分、七尾で一番軽い。言っちゃったらダメかもしれないですけど」
その言葉の背景にあるのは、「お客様第一」という会社が大切にしてきた姿勢です。
「社長自身が現場仕事をできるのが、うちの強みのひとつ。緊急対応は全部、自分が行きます」
困ったときにすぐ駆け付ける。その積み重ねが、地域からの信頼につながってきました。
能登地域の電気工事業者の多くは家族経営や少人数体制で、9割近くが1〜2名規模だといいます。10名規模の会社になると、経営者が現場に出るケースはほとんどありません。だからこそ、緊急時には社長自ら現場へ向かうという旭電機商会の対応力は、大きな強みとなっています。
10人という規模は、同時に複数の現場を回せる力でもあります。かつて4名だった頃は、こなせる現場が1〜2か所でした。今は3〜4か所を並行して動かせるようになり、社員が増えるにつれて扱える仕事の幅も広がりました。
しかし、規模を追うことが目的ではありません。地域に根ざした仕事を一つひとつ丁寧にこなすこと。それが、伊藤さんが何より大切にしてきたことでした。

能登半島地震 地域の電気を守るために動き続けた
2024年1月1日、伊藤さんは会社兼自宅で家族と正月を過ごしていました。社員もそれぞれの自宅で、年末年始の休暇中でした。
強い揺れの後、津波警報が発令されます。しかし、この場所は内海に面しており、「ここが水没するなら能登半島全体が沈む」というほど津波の心配がないことを、伊藤さんはよく知っていました。落ち着いて状況を確認する一方、時間の経過とともに社員とも順次連絡が取れるようになり、全員の無事を確認。それぞれの自宅には被害の程度に差はあったものの、けが人はいませんでした。
翌1月2日には、石川県や七尾市から立て続けに連絡が入ります。年末から請け負っていた現場はすべて中断。とはいえ、社員一人ひとりも被災者です。まずは自宅の片付けや生活の立て直しを優先してほしいと考え、約2週間の休みを設けました。
その間、調査と緊急対応は伊藤さんが一人で担います。
傾いた街路灯の確認、下水道設備、消雪装置の点検――被災地の道路インフラを支える電気設備を、一人でひたすら確認して回りました。マンホールの浮き上がりによって排水ポンプが動かせなくなった場所では、その停止処理にも対応したそうです。
淡々と語る伊藤さんの言葉からは、あの正月の張り詰めた空気と、地域の暮らしを守るために走り続けた日々の緊張感が伝わってきました。
震災後の電気工事業 最初の半月は仕事が止まった
地震直後、最も忙しかったのは土木工事や排水・給水を手がける業者でした。生活に関わるライフラインの復旧が最優先となるためです。そのため、すでに電気が復旧していた七尾では、建物の電気工事はライフラインの復旧が進んでから取りかかることになりました。
「電気工事業界は、一時みんな暇だったんですよ」
伊藤さんはそう振り返ります。最初の半月ほどは、受注の少ない状況が続いたそうです。
しかし、旭電機商会には北陸電力の大田火力発電所や志賀原子力発電所のメンテナンス業務がありました。両施設からは被災直後に要請が入り、すぐに対応にあたったといいます。
その後、状況が落ち着くにつれて、解体工事に伴う電気の切り離しや道路設備の復旧、震災前から請け負っていた公共工事も順次再開していきました。
「できないものはお断りしているんです」
伊藤さんはきっぱりと言います。自分たちの力量を超える仕事を無理に引き受ければ、結果としてお客様に迷惑をかけてしまう。その判断基準は、震災を経験した後も変わることはありませんでした。
社員を育てる 働きやすい環境づくり
旭電機商会では、資格を持たない状態で入社した社員がベテランに付いて現場を経験し、後から資格を取るというスタイルをとっています。試験費用はすべて会社が負担します。
安全管理への取り組みも、ごく自然なこととして根づいています。現場によって作業内容が異なるため、はじめに担当者が全員に内容を周知し、現場ごとに管理するのが基本の流れ。熱中症対策として、水分や冷蔵庫、エアコンは現場に必ず完備しています。作業服から安全靴、ヘルメット、工具に至るまで、身に付けるものはすべて会社支給です。「社員が働きやすい環境を整えるのは、普通のことだと思っています」と伊藤さんはおっしゃいます。
社員を大切にする一方で、人手不足は続いているといいます。即戦力となる経験者を歓迎しており、「1社2社と勤めてこられた方の方が、社会のことも仕事のこともわかってるから助かる。人間性として大人になってるってことですかね」と話してくださいました。そんな方を求めているといいます。
地域が必要とする限り会社を続ける
伊藤さんの息子さんはすでに会社で働いています。「順当に、息子に代がわりができればいい」と、飾らずにそう話す伊藤さん。大きな夢を語るよりも、着実に次の世代へバトンをつないでいくことが、今の目標です。
能登の人口が減り続けていることも、よくわかっています。「コミュニティの規模に応じて仕事は変わる。時代の流れを見ながら、できることをやっていくだけ」。10人の社員が将来5人になるかもしれない。それでも、地域が必要とする間は会社を続けていく覚悟があります。
最後に、この記事を読む皆さんへのメッセージをお願いすると、伊藤さんはこう話してくださいました。
「能登に足を運んでほしい。そして、見たものをそのまま伝えてほしい」
時間が経つにつれ、能登への関心は少しずつ薄れていく――それが何より心配だといいます。だからこそ、実際に訪れた人が、自分の目で見て感じたことを自分の言葉で伝えてくれることが、能登の力になると話してくださいました。
「いつ来てもいいから、来たら話してほしい」
地域の電気を支え続けてきた伊藤さん。その言葉には、能登を思う深い愛情と、この地域を未来へつないでいきたいという願いが込められていました。

企業詳細
株式会社 旭電機商会
住所:石川県七尾市川原町65
TEL:0767-52-5227


















