
能登半島の豊かな自然に抱かれた奥能登エリア。ここで長年、地域住民の暮らしの困りごとに優しく寄り添い続けているのが、有限会社アーキコミュニケーションズの代表取締役・市濱光晴(いちはま こうせい)さんです。住宅リフォームから日常の困りごとまで幅広く手がける市濱さん。語り口は謙虚で温厚ですが、その根底には地域と人に対する深い愛情と誠実さが根付いています。2024年の能登半島地震を経て、なおも「困ったときこそ役に立ちたい」と現場を走り続ける市濱さんに、これまでの歩みと仕事へのこだわり、そして能登への思いを伺いました。
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親子二代で築いた「いつでも頼れる」地域との確かな絆
語り口はどこまでも柔らかく、こちらの問いかけ一つひとつに照れくさそうな笑顔を浮かべながら応えてくれる市濱さん。その佇まいからは、接する人を自然とほっとさせる温かなお人柄がにじみ出ています。
有限会社アーキコミュニケーションズの創業は平成元年。市濱さんのお父様が立ち上げた暮らしのお手伝いがその原点です。草刈りや小さな修繕など、地域の人々の困りごとに応じるなかで、少しずつ住宅リフォームを専門に手がける会社へと成長を遂げていきました。
「父が始めた会社を引き継ぎ、私が代表になったのは33歳のときでした。今年で51歳になりますが、昔からずっと奥能登全般――能登町を中心に、珠洲市や輪島市、穴水町まで広く対応しています」
「頼まれたら『はい』と引き受ける」という姿勢は創業当時から変わりません。その愚直な積み重ねが、地域との確かな信頼関係を育んできました。
「仕事を通して長年お付き合いのあるご高齢の女性から、まるで自分の息子のように頼りにされることもあります。ご高齢で一人暮らしだとお墓のお手入れも大変ですし、遠方のご家族もすぐには帰って来られません。代わりに私が掃除をさせていただくこともありました。また、以前新築を建てさせていただいたお宅でのことです。金沢にお住まいの息子さんは『金沢にはもっとおしゃれな業者がたくさんあるから、そっちに頼もう』と提案されていたそうなんです。それでも、施主様であるお父様が『いや、市濱じゃなきゃダメだ』と言ってくださり、最終的にうちに任せていただきました。本当にありがたいことです」
そう言って恐縮そうに目を細める市濱さん。地域の人々にこれほど愛される理由は、現場に立つ市濱さんの誠実な姿勢に他なりません。

職人としての思い――「見えない場所こそ美しく」
市濱さんの本領は、現場で培われた多才な技術にあります。建築士の資格を持ちながらも、「かっこいい設計は得意な人にお任せして、自分は現場にいるほうが好きなんですよね」と笑う市濱さん。お父様の会社へ入る前に金沢の土木工事現場で培った経験もあり、大工仕事にとどまらず、下水道作業や浄化槽の設置、屋根の瓦修理まで自らこなす頼もしさです。
そんな市濱さんが仕事で最も大切にしているこだわり――それは見えない場所を綺麗にすることに尽きます。
「仕上がりを綺麗にするのはプロとして当たり前。増改築や修理の現場で本当に大切なのは、完成すると隠れてしまう壁の中や床下、屋根の裏側なんです」
お客様の目には触れない場所だからこそ、作業時のゴミを残さず丁寧に施工して納めるのが市濱さんの流儀。見えないけれど、しっかり仕上がっている――誰が見ていなくても決して手を抜かないその姿勢こそが、住まいのことは市濱さんに頼めば安心だと地域で深く信頼される最大の理由と言えます。
大震災の夜、消防団として駆け抜けた日々
2024年1月1日、能登半島を襲った未曾有の大地震。市濱さんの会社がある能登町の事務所も津波に見舞われ、床上50センチ近くまで水につかりました。床に置いてあった精密機器やコピー機などは水没してダメになってしまったものの、幸いにも建物自体の倒壊は免れました。
しかし、市濱さん自身が心を痛め、行動を起こしたのは会社のことだけではありません。地震発生直後、自身が暮らす白丸地区で大規模な火災が発生したことを知るや、消防団員としてすぐさま現場へと駆け付けます。
「元日の夜8時頃に『白丸が燃えている』と聞き、現場へ向かいました。他の分団や消防署の方々と一緒に、一晩中消火活動に追われましたね」
鎮火後の1月3日には、早くも地域の方々から「屋根にシートをかけてほしい」「床に開いた穴を塞いでほしい」といった相談が届き始めます。手持ちのハシゴや資材を抱えて一軒一軒を回り、行政からの要請も受けて被災住宅の対応に奔走する日々が続きました。
従業員も被災したため、1月末頃まではお父様と二人きりで屋根に登り続ける日々。それでも震災直後の混乱期のなか毎月の給料振込は欠かさず行い、さらに「急な現金が必要になるはず」と、道路状況が悪い中、従業員一人ひとりの避難先を訪ねてお見舞金を直接手渡して回りました。そこにはどんな状況でも従業員とその家族を一番に思いやる、経営者としての温かな優しさが溢れています。
人生を変えた「純粋倫理」との出会い――「はい」と受ける心
激動の復旧作業が落ち着きを見せ始めた頃、市濱さんはふと精神的な限界を感じた時期があったと明かしてくれました。ひっきりなしに鳴り響く電話、終わりの見えない応急修理。被災者としての自分自身の疲労もピークに達し、「もうやっていられない」という思いが頭をよぎる瞬間もありました。
「そのとき思ったんです。以前は『365日24時間仕事』という感覚で過ごしていたんですが、こんな荒んだ気持ちのままお客様の家に行ったら失礼だなと。それで震災を機に『休む時は休む』と決めて、思い切って毎週きちっとお休みをいただくことにしました。しっかり休みを取るようにしたら心がすごく楽になって、また笑顔でお客様の元へ向かえるようになったんです」
自分の弱さを素直に認め、整える。このしなやかで謙虚な価値観の背景には、33歳で社長に就任した際に入会した倫理法人会での学びが存在します。
己が一切である、心が先という教えに触れるなかで、人間性が大きく磨かれていったと振り返る市濱さん。
「倫理と出会っていなければ、私はきっと会社を潰していたと思います。親に対しても、自分の誕生日には『生んでくれてありがとう』と感謝の言葉を伝えられるようになりました。人に何かを頼まれたら、愚痴を言わずにまず『はい』と受け止める。その心の持ち方ができるようになってから、人生ががらりと変わりましたね」
困ったときに「市濱さんに頼めばなんとかしてくれる」と地域から思ってもらえること。それこそが市濱さんにとって、何よりの喜びであり存在意義なのです。
誰もが「帰りたくなる」魅力ある能登の未来を目指して
震災から時が経過した今もなお、能登の現場では応急修理や住まいの再建に向けた作業が続いています。復旧から復興へと一歩ずつ歩みを進めるなかで、市濱さんは故郷・能登の将来について静かに思いを馳せています。
「立派なビジョンなんて私にはありません。ただ、自分が元気に動ける間は現場でコツコツと仕事を続けながら、進学や就職で一度外へ出た子どもたちが、いつでも帰ってきやすい地域をつくっていきたいですね」
過疎化や震災による人口流出など、課題は決して少なくありません。それでも、穏やかな内浦の海を眺めながら、市濱さんは地域への思いを巡らせます。
「県外から来た叔父や友人が能登に泊まったとき、『朝、静かな波の音で目が覚めて、すごく素敵やね』と言ってくれたことがあって。改めて能登の魅力を教えてもらった気がしました。暮らしていると当たり前になってしまう景色や静けさですが、外から訪れる人にとってはすごく価値のあるものなんですよね。特別なものは何もないかもしれないけれど、居心地が良くて心が温まる。そんな能登の魅力を守り、伝えていけたらいいですね」
取材の最後、全国の皆さんへのメッセージをお願いすると、市濱さんは少し照れくさそうに、けれど心温まる笑顔で話してくれました。
「能登で住まいや暮らしのことで困ったときは、いつでも市濱に相談してください。全国の皆さん、ぜひ一度、能登へ遊びに来てみてくださいね。私たちが当たり前すぎて気づいていない能登の魅力を、逆に教えてもらえたら嬉しいです」
謙虚で、どこまでも人に優しく、知れば知るほど頼もしい存在。能登の暮らしを足元から温かく支えるアーキコミュニケーションズと市濱光晴さんの歩みは、これからも地域の確かな灯火として、人々を優しく照らし続けていきます。

企業詳細
有限会社アーキコミュニケーションズ
住所 石川県鳳珠郡能登町字市之瀬1字84番地
TEL 0768-74-1114
事業内容: 増改築リフォーム、瓦の葺替・修理、宅地内下水道工事、他


















