
能登半島地震から2年。復旧から復興へと歩みを進める能登で、今もなお地域のために現場へ立ち続ける建設会社があります。七尾市を拠点とする姥浦建設株式会社です。
代表取締役の高田さんは、震災直後から地域に寄り添い、目の前の人のために、誠実にやり続けることを大切に歩んできました。会社をつなぐこと、働く人を守ること、そして能登の未来の土台を築くこと。その一つひとつに真摯に向き合う姿からは、地域を支え続けようとする強い想いが伝わってきます。
Contents
暮らしの土台を支える、姥浦建設の仕事と歩み
姥浦建設は昭和33年創業。長年にわたり七尾のまちで地域のインフラを支えてきた、歴史ある建設工事会社です。
仕事の約7割が公共工事、約3割が民間工事で、道路整備や護岸工事、農地を大きく整える圃場整備など、地域の暮らしを支える仕事を数多く手がけています。能登半島地震の発生後は、復興に伴い仮設住宅の建設にも携わるようになり、その役割はさらに広がりました。
土木の仕事は、普段の生活では目立ちにくいかもしれません。しかし、道路が安全に通れることも、海辺のまちが護岸に守られていることも、農地が使いやすく整えられていることも、すべて私たちの暮らしを支える大切な基盤です。
「生活していく上で必要不可欠な仕事をしている」
そう話す高田さんの言葉からは、建設業への誇りと責任感がまっすぐに伝わってきます。
一方で、姥浦建設も地方企業ならではの後継者問題という課題を抱えていました。8年前、グループ会社であるタマダ株式会社が経営を引き継ぎ、高田さんはその流れの中で4年前に代表取締役へ就任しています。
北海道で会社再建に携わるなど、豊富な経験を積んできた高田さんが引き継ごうとしたのは、会社の名前や事業だけではありません。そこで働いてきた人たちの居場所を守り、この先も地域に必要とされる会社であり続けることでした。
着任当時は15〜16名だった従業員は、現在では25名にまで増えました。その数字からも、一人ひとりと向き合いながら信頼を積み重ねてきた歩みがうかがえます。
最新技術と人材育成――姥浦建設が大切にしていること
地域に根ざしながらも、姥浦建設は時代の変化に合わせて着実に進化を続けています。
その一つが、ドローンによる測量や空撮、ICT重機の導入です。誰が操縦しても一定の精度で施工できる環境を整えることで、品質の安定と人手不足への対応を両立しています。
一方で、高田さんが大切にしているのは、人を育てることです。
資格取得についても、決して強制はしません。
「どれだけ仕事ができても、第三者の評価はもらえません。資格を持つことで、初めて外から認めてもらえる。それを伝えるようにしています」
押しつけるのではなく、自ら気づき、挑戦したいと思えるよう背中を押す。その積み重ねが、資格取得へ前向きに取り組む社員を増やしてきました。
社員への配慮は、福利厚生にも表れています。
業績が良かった年には決算賞与を支給し、その際には毎回必ず高田さんは社員の家族へ手紙を書くことも続けているそうです。
「一番心配するのは奥さんだから」
その言葉には、社員だけでなく、その家族にも安心してもらいたいという想いが込められていました。
昼食補助や積立投資への支援、社員旅行への家族同伴補助など、この会社で働いてよかったと思える環境づくりにも力を入れています。
技術だけではなく、人も大切に育てる。その積み重ねが、会社の未来を支えているのだと感じました。

震災の翌日から始まった、復旧の最前線
2024年1月1日、高田さんは金沢の実家で能登半島地震に遭いました。
翌2日には石川県や七尾市から順次道路復旧の要請が入ったそうです。
最初に求められたのは、本格的な復旧ではなく、仮でも道路を通れる状態に戻すことでした。
「まず一番最初にやったのは道路整備です。ちゃんとした舗装でなくてもいい、仮でいいから通れるようにしてくれと」
大きな段差やひび割れが残る道路では、走行中にタイヤがパンクする車も少なくなかったそうです。
完璧に直すことよりも、まずは人や物資が安全に行き来できる状態をつくることが最優先でした。
主要道路から順に復旧が進められ、その作業は夏ごろまで続きます。
道路の仮復旧が一段落すると、次は護岸工事や土砂崩れへの対応へと移っていきました。
なかでも、能登食祭市場の護岸工事は規模が大きく、現在も工事が続いています。

(写真提供:姥浦建設株式会社様)
仮設住宅を「仮」で終わらせないという姿勢
取材を通して、とくに印象に残ったのが、高田さんの仮設住宅に対する考え方でした。
姥浦建設では、5か所ほどの仮設住宅の建設に携わっています。
仮設だから、この程度でいいとは考えず、住む方にとって大切な生活の場として整える。その想いから、外壁材や床材、水回りなども、できる限り質を落とさず、住み心地に配慮したといいます。
仮設住宅内にある集会所づくりにも力を入れたそうです。
住民同士が自然と顔を合わせ、言葉を交わせる場所があれば、暮らしの安心感にもつながる。そんな想いを込めて、一つひとつ丁寧に整備していきました。
震災後の暮らしでは、家そのものだけでなく、人と人がつながれる場所もまた、大切な支えになります。
住まいをつくるだけではなく、そこで始まる暮らしまで見据える。その姿勢が、建物の随所に表れているように感じました。
その丁寧な仕事ぶりは高く評価され、輪島市、朝市通りの商店街の建設を親会社であるタマダホールディングスが任されることとなりました。
工事の先にいる人の暮らしを思い描きながら、一つひとつの仕事に向き合う。その誠実な姿勢こそが、姥浦建設の大きな強みなのだと感じます。
全国からの支援に、心からの感謝を
復旧・復興の現場がここまで前へ進めた背景には、地域の外から寄せられた多くの支援がありました。
現在は北海道帯広市や福島県、福井県からも応援スタッフが駆け付け、現場に携わる人員は40名規模にのぼります。
応援に来てくれる方が少しでも働きやすいようにと、宿舎を2棟確保したのは、応援スタッフが到着する前のことです。
「宿が見つからないという理由で来られない人が出ると分かっていた。だから先に手を打ちました。」
支えてくれる人への感謝は、こうした先を見据えた行動にも表れていました。
地域の内側だけではなく、全国から寄せられた支援の力もまた、能登の復興を支える大きな力になっています。
能登の未来に必要なのは、人が訪れるきっかけ
これからの能登に必要なこととして、高田さんが挙げたのは、まず人を集めることでした。
印象的だったのは、七尾港へのクルーズ船誘致のお話です。
金沢を訪れたことがある人は多くても、能登まで足を延ばしたことがある人はまだ少ない。だからこそ、一度この土地を訪れ、七尾湾の穏やかな景色やのとじま水族館、白米千枚田、新鮮な海の幸など、能登ならではの魅力に触れてほしいと話します。
「来てもらえれば、この土地の魅力がきっと伝わる。そのきっかけをつくることが大事なんです」
高田さんが感じている能登の魅力の一つが、よそ者扱いしないことだそうです。
どこから来た人でも自然に受け入れてくれる、人情味あふれる土地柄。
「北海道でも感じましたが、能登でも同じように感じています」
その言葉からは、この土地への深い愛着が伝わってきました。
一度訪れた人が、また来たいと思う。そして、いつかここで暮らしたい、関わりたいと思う人が増えていく――。そんな未来を、高田さんは思い描いています。
地域を守る仕事は、未来をつくる仕事でもある
震災からの復興には、まだ時間がかかります。
それでも、地域に必要な仕事を続け、働く人を守り、能登の未来を見据えて歩み続ける人がいます。
その存在そのものが、地域の希望になっているのではないでしょうか。
姥浦建設が支えているのは、道路や護岸、建物といったインフラだけではありません。
そこで暮らす人々の安心や、地域の未来を支えることもまた、日々の仕事の積み重ねの先にあるのだと感じました。
会社をつなぎ、働く人を守り、地域とともに未来を築いていく。その歩みが、これからの能登を支える大きな力になっていくのでしょう。

姥浦建設株式会社 企業詳細
住所:石川県七尾市藤橋町申1番地
TEL:0767-53-5962

















