コスプレで夢の実現「にしけんさん」のハードな人生の楽しみ方

七尾市を拠点に建築・リフォーム業を営む株式会社西川総合建築の代表、西川剛志さん(41歳)。親しみを込めて「にしけんさん」と呼ばれています。ラジオ番組でも倫理法人会のセミナーでも、いつもユニークなコスプレ姿で登場されることで有名な方です。取材前は「コスプレ好きの少し変わった方なんだろうな」という印象でしたが、お話を聞かせていただくうちに、その印象はすっかり変わりました。コスプレの奥にある、思わず背筋が伸びるような生き様をご紹介します。

建築を選んだのは、子どもがいたから。

西川さんが建築の世界に入ったのは、22歳のときのことでした。結婚し、お子さんが生まれてわずか半年で離婚。小さなお子さんを連れて実家に戻った西川さんが選んだのは、大工をしていたお父さんのもとで働くことでした。

「子どもが熱を出したら病院にも連れていかないといけない。普通に正社員で勤めたら、きっとクビになってしまうと思ったんです。父親も大工をしていたので、道具も使い回しできるし、個人事業主として始めるならなんとかなるかなと思って」

建築へのあこがれがあったわけでも、夢があったわけでもありませんでした。「建築じゃなかったら、間違いなく保険屋をやっていましたね」と笑います。それでも、仕事を始めた瞬間から西川さんの目線は変わりました。お父さんのもとで毎日罵倒されながら働くなかで、心の中でひとつの誓いを立てたのです。

「どうせやるなら、七尾でトップになりたいなって思ったんです。一円も持っていない、何もできない自分が周りにそう宣言したら、みんなに笑われましたけどね。でも自分で決めたら守りたいんです。それは自分への約束だから。」

業種はなんでもよかった。でも、どうせやるならスケールしたい。誰かに馬鹿にされても、自分との約束を曲げない。そのぶれない芯が、今の西川さんをつくっているのかもしれません。

 

月収5万円でも、チラシ代に全額つぎ込んでいた。

お父さんのもとで修行した7〜8年間、最初の3ヶ月は無給でした。その後も月収5万円という時代が長く続きました。携帯代を引いたら手元に残るのは3万円ほど。それでも西川さんは、残ったお金を全額チラシ代に変えていたそうです。

「自分でデザインして印刷屋さんに持って行って、ポスティングして回っていました。貯金は一円もなかったし、その生活がずっと続いていましたね」

27〜28歳のとき、西川さんはお父さんに「家族全員の面倒を見るから、仕事を全部俺に任せてくれ」と申し出ます。通帳を見せてもらうと、残高はゼロ。業者へのツケや借金を合わせると、総額2000万円近い負債がありました。年収60万円だったあの頃、それをすべて引き受けたのです。

融資を求めて地元の銀行を回りましたが、ことごとく断られました。そんな中、唯一手を差し伸べてくれたのが、地元の能登信用金庫でした。

「あの時、能登信さんだけが貸してくれたんです。頭を下げに行って、本当に助けていただいて。今は売上が十億円規模になりましたが、ずっとメインバンクは能登信さんのままです。受けた恩は忘れません。」

義理を大切にする。その姿勢は、西川さんの根っこにしっかりと根付いているようでした。

最初の15年間、自分の給料はゼロ。

事業を引き継いでからも、西川さんは長い間、自分への役員報酬を取りませんでした。会社のキャッシュをすべて事業に投じてきたのです。

「父親には15万〜30万を渡しながら、自分はずっとゼロでした。夜飲みにも行かないし、夕方5時半か6時になったら家で一杯飲んで、あとは寝るだけです。お金がほとんどかからないんです」

朝は3時半〜4時に起きる生活を、もう20年近く続けているといいます。起きたらトイレ掃除をして、勉強をして、筋トレもして——全部、始業の前の時間です。設計の資格も、その朝の2時間で取得しました。

「最初は努力だと思ってやっていましたけど、続けていたら習慣になって、いつの間にかやらないと気持ち悪いくらいになりました。勉強も、掃除も、筋トレも、全部そんな感じです」

言葉にするのは簡単ですが、それを何十年も続けているというのが、やっぱりすごいことですよね。

コスプレは、恥ずかしくてたまらない「戦略」でした。

いつもユニークなコスプレをしていることでおなじみの西川さん。初めてお会いしたときは看護師さんでした。最近見たのはザリガニとスーパーマン。でも、本人いわく「恥ずかしいですよ、本当に。一刻も早くその場を出たいくらいです」とのこと。意外な言葉に驚きました。

コスプレを始めたきっかけは、SNSを眺めていたときのことでした。ふんどし姿で滝に打たれているコンサルタントの投稿が、なぜかスクロール中に目に留まったそうです。

「自分が目についたということは、他の人も目につくはずだ、と思ったんです。まずはふんどしから始めて、だんだんいろいろな格好に広がっていきました。なけなしのお金をつぎ込んで、自分のストーリーをSNSに載せて。建物のことはほとんど書かず、最後に『建築やってます』というくらいの投稿でした」

家族にも、職人仲間にも猛反対されたそうです。「ご近所に恥ずかしい」「そんな会社には行きたくない」という声もありました。それでも西川さんは続けました。

「自分はこれが正解だと決めたら、たとえ間違っていたとしても正解に持っていくのが俺のやり方です。コスプレだって、金沢の支店だって、みんな最初は失敗すると思っていた。でも俺はそれを正解にするのが楽しいんですよ」

その戦略は、確実に実を結んでいます。西川総合建築に訪れるお客さんの多くは「最初からにしけんさんにお願いしようと決めていた」という方々。他社と比較する相見積もりを取るお客さんは全体の3分の1以下という状況で、まさに「人」が最大の差別化になっているのです。

でしか差別化できないんです。同じような構造の家は、どこの建築会社でも建てられる。でも人は絶対に真似できない。だから自分が広告塔になるんです」

どん底が、一番の成長のタイミング。

西川さんのお話の中で何度も出てきた言葉が、「どん底」でした。でもそれは、暗い話ではなく、むしろ西川さんが一番いきいきとするテーマのようでした。

七尾で新事務所を建てたときも、コツコツと貯めた3000万円のキャッシュを全額投じてゼロに戻りました。でも西川さんは「背水の陣が好きなんです」と笑います。

 

「楽な時間が1週間続いたら、人間はダメになると思うんです。苦しいことがないと成長できない。現場で赤字が1000万〜2000万出ても、長い人生の話のネタになるし、次はもっと大きな赤字を乗り越えられるようになる。打たれ強さって、そうやって身につくものだと思います」

そのたくましさの土台になっているのは、高校時代の柔道部での経験だと話してくださいました。先生に半ば強引に引き込まれた部活で、毎日ゲロを吐くまで追い込まれ、合宿では吐くまでご飯を食わされた。そんな経験が、今の精神力をつくったといいます。

柔道部でのしごき、離婚、会社を借金ごと引き受けた瞬間。どれも、ある意味での「どん底」です。でも西川さんにとって、それはすべて必要なことだったようです。

「フラットな人生は、俺にはないんですよね。山あり谷あり、しかも谷は自分でも作る。そうやって傷だらけになりながら、体力をつけていくんだと思います」

能登の未来は暗い。でも、自分の周りだけは明るくしたい。

令和6年能登半島地震のとき、西川さんは事務所でパソコン作業をされていました。揺れが続く中、すぐに家族を連れて高台へ。翌日から問い合わせの電話が鳴り止まず、1年間でおよそ1000件ものご連絡をいただいたといいます。

「お客さんの家を見に行くと、涙が出てきました。せっかく建てたのに、という気持ちで」

工事中の現場が被災したケースもありました。その際、追加費用は一切もらわずに当初の見積もり通りで工事を完遂されました。何百万もの赤字を、自分で引き受けたのです。

「自分で始めた商売ですから、その責任は自分にある。お客さんに追加をもらうなんて、俺にはできなかったです」

能登の未来については、正直に「暗い」とおっしゃいました。人口は減っていく、市場も縮んでいく。でも、だからこそ先手を打って金沢に支店を開設されました。

「震災前から、金沢進出は考えていました。震災で能登の仕事は急増しましたが、5年後には震災前以下になるとわかっています。だから今のうちから金沢に種をまきに行きました。能登全体が暗くなるとしても、自分の会社の周りだけは明るくしていたい」

西川さんが考える「能登への本当の支援」とは

「お金の単発支援より、能登に事業を持ってきて雇用を生み出してくれることが最大の支援だと思います。経営者の方に伝えたいのは、支店でも本社機能でもいい、能登に来て納税してほしい、ということです」

ご自身は節税は一切していない、とも話してくださいました。稼いだ分はしっかり納税して、地域に還元することが社会貢献だという信念をお持ちです。「納税することが一番の社会貢献だと思っています」という言葉には、能登への深い愛情が感じられました。

「20年前に七尾トップと言った。今度は世界と言っています」

次の目標を聞くと、「世界」という言葉が返ってきました。西川さんの話を聞いたあとでは、もちろん本気だとわかります。

「20年前に七尾でトップになると言ったときも、10年前に金沢に店を出すと言ったときも、誰も信じてくれませんでした。でも今があります。30年あれば、世界も必ずできると思っています」

次のステップは金沢支店の集客を固めること、その次は野々市や白山と、しっかり順番が頭の中にあるそうです。「いきなり世界に行くわけじゃないんです。ちゃんと順番はあります」と穏やかに話してくださいました。

最後に、西川さんにとっての「成功」とは何かを聞かせていただきました。事務所の数でも、売上でもない、その答えが印象的でした。

「西川剛志っていう変なやつがおったらしいぞ、って、誰かの脳の片隅に少しでも残っていてくれたら、それで十分です。それが俺の成功です」

取材前抱いていた「コスプレ好きのユニークな方」というイメージはすっかり変わってしまいました。月収5万円のすべてをチラシ代に変えていた時代のこと、2000万円の借金を笑いながら引き受けた瞬間のこと、地震後に何百万もの赤字を自分で飲んだこと——。

どれも、なかなか出会えない覚悟の話です。恥ずかしいと言いながらコスプレを続ける理由も、「自分で正解と決めたことを、正解に持っていくのが好き」だから。そのしなやかな強さに、取材しながら何度も胸が熱くなりました。

七尾に、こんなにすごい方がいらっしゃいました。これからの西川総合建築の歩み、そしていつか「世界のにしけんさん」になる日がとても楽しみになりました。

西川総合建築 企業詳細

住所 石川県七尾市国分町井26-1
電話 0120-911-018
事業内容 建物建築・リフォーム


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