
能登全域に甚大な被害をもたらした令和6年能登半島地震。あの日から歳月が流れ、被災地は単なる元に戻す応急処置から、未来のカタチをゼロから築き直す本格復旧へと歩みを進めています。
能登半島のほぼ中央に位置する石川県穴水町に、インフラの守り手として奔走する建設会社、有限会社SICがあります。その代表(現在代表ではありません)を務め、さらに今年からは町議会議員として、そして地域の灯りとなるコンテナホテルの経営者として、多角的に復興に尽力する苗代勇仁(なわしろ としひと)さんにお話を伺いました。「震災前よりよくしたい」――優しくも力強い、その想いに迫ります。

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家族から引き継いだ「穴水のインフラを守る」という使命
苗代さんが代表を務める有限会社SICは、穴水町を拠点に、道路、川、下水道といった生活インフラを長年支え続けてきた会社です。穴水で育った苗代さんは、父が経営するこの会社を引き継ぎました。幼い頃から見てきた職人たちの背中とともに、家族の仕事と穴水のインフラを守るという責任を、ごく自然に受け入れたと言います。
同社の主な事業は道路・河川・下水道の工事ですが、それに加えて造園関係の仕事も長年手がけています。地域に根ざした建設業者は、平時には黒子としてあたりまえの日常を支える存在です。しかし、災害という有事にこそ、その真価が試されることになります。
突然の暗転。震災発生の瞬間と「1月2日」の覚悟
2024年1月1日午後4時10分、お正月の穏やかな空気が一瞬にして切り裂かれました。自宅に一人でいた苗代さんは激しい揺れに見舞われ、古い住まいは結果的に公費解体することになりましたが、幸いにも体は無事でした。
地元のインフラを預かる身として、立ち止まっている時間はありません。地震の翌日である1月2日にはすぐに現場へと向かい、まずは役場で情報収集と今後の対応についてのすり合わせを始めました。 「従業員もそれぞれが被災して、自分の家も大変なはずなのに、1月5日の仕事始めには、全員が通常通り出社してくれて心強かったですね」と、苗代さんは当時を振り返ります。
混乱を救った、同業者同士の協力体制
仕事始めを迎えたものの、現場は想像を絶する混乱に包まれていました。道路は陥没し、崖崩れで各所が寸断。役場には「道が通れない」「水が出ない」「家が潰れそうだ」というSOSが殺到していました。地元業者である苗代さんのもとにも、個人からの悲痛な要望が続々届く状況だったと言います。
もともと建設業者が少ない穴水町では、個々の業者がばらばらに対応していては町全体を救えないと、苗代さんはすぐに判断しました。そこで震災の数日後、地元の業者たちが集まります。すべての要望や案件を一度役場のテーブルの上に乗せて一括管理し、一つの大きなリストに共有する体制を整えたのです。
「この現場ならうちが近いから行ける」「この道路を直すついでに、横の壊れた部分も直せる」と、お互いに効率よく役割を分担していきました。会社の垣根を越えて「穴水町のために」と一致団結したこの取り組みが、救助ルートの確保や物資輸送道路の早期仮復旧に大きな役割を果たしたのです。
2年目の戦い。応急から「本格復旧」へ進む中でのハードル
震災直後に最優先されたのは、とにかく一車線でもいいから車を通せるようにすることでした。穴水町は断水も1ヶ月半から2ヶ月ほど続き、お風呂に入れない生活が長期化します。
「生活用水、特にお風呂だけはどうにもならなくて一番苦労しました。幸い自社の敷地内に井戸があったので、簡易シャワーを手作りし、従業員や地域の人たちと使いながら凌ぎました」
洗濯は週に一度、車を走らせて金沢まで行って済ませる日々。震災前と変わらない普通の生活が残る金沢との格差に、複雑な気持ちを抱きながらも、心と体をリセットして再び穴水に戻る生活が続きました。
当初は穴を砂利やアスファルトで埋めたり、段差を鉄板で覆ったりする応急処置が中心でしたが、震災翌年にあたる2025年からは道路を基礎から作り直し、地割れした農地を直す本格復旧へとフェーズが変わっています。
ここからは、自然を相手にする時間との戦いでもあります。石川県では梅雨や台風で水位が上がりやすい6月から10月にかけて、安全と水質維持のため川に重機を入れる工事が原則禁止されており、1年の半分近く工事が止まってしまうため、どうしても工期が長引きます。
下水道についても、行政は5年ほどでの復旧計画を示していますが、深刻な人手不足を考えると、実際には10年ほどかかるのではないかと苗代さんは危惧しています。もともと穴水の下水道は10年の歳月をかけて整備されたものであり、一度壊れたものを作り直すのにも同等の月日が必要、というのが現場に立つリアルな実感です。
「原状復旧」は復興ではない。町議としての決意
地域からの強い後押しを受け、苗代さんは今年から穴水町の町議会議員という重責を担うことになりました。これまでの人生で議員になろうと思ったことは一度もなかったものの、今の穴水町にとって最優先の課題である復旧・復興に、建設業で培った知見や経験を役立てたいと考え、出馬を決意したといいます。
「私が考える本当の復興とは、ただ元通りにする原状復旧ではありません。ある角度で立っていた物が地震で倒れたとして、それを前とまったく同じ角度に戻すだけでは、また次の災害で倒れてしまいます。次は倒れないように角度を変えたり補強したりする。ただ直すのではなく、前よりも安全で良い形にする。現場を知っている私だからこそ、具体的な提案をしっかり出していきたいと思っています」
寂れゆく商店街を、もう一度「歩きたくなる街」へ
町議となった苗代さんが、いま最も力を注ぎたいと考えている課題が、町の心臓部である商店街の再建と活性化です。
穴水町の商店街は2007年の能登半島地震でも被災し、当時は電線の地中化や融雪装置の導入によってハード面の復興を果たしました。しかし、時代の流れとともに店舗は次々とシャッターを閉め、今回の地震の前には、すでに空き店舗が目立つ寂しい状態になっていたのが現実でした。
「いまの商店街には、住んでいる人が日常的に使う生活必需品を買える店がほとんどありません。スーパーやドラッグストアはありますが、どれも国道沿いで商店街の中にはないんです。今回を機に直すのなら、もう一度人が集まる仕組みを作らなければ意味がありません。町内だけでなく、外から若い起業家を呼び込むことが不可欠です」
苗代さんが構想するのは、町が主導して店舗の箱を用意し、初期投資を抑えて開業できるチャレンジショップのような仕組みです。家賃や補助金を優遇してリスクの低いお試し出店から始め、軌道に乗れば正式に定着してもらうという呼び込み戦略を考えています。
さらに、町職員の給料の一部を商店街限定の商品券で支給するなど、思い切った施策によって、出店した店の最低限の売り上げを町全体で担保する仕組みが必要だとも語ります。 「そんなの無理だと言われるかもしれません。でも、それくらいの覚悟で商店街を活性化させたいという想いを伝え続けていきたいです」
能登の海の恵み「能登かき」を次世代へ
穴水町の誇りであり、観光の目玉でもあるのが、七尾湾の豊かなプランクトンで育つ能登かきです。しかしここでも、震災前から続く高齢化と後継者不足に加え、震災による漁具や工場の損壊というダブルパンチが生産者を襲っています。
「穴水にとってカキは絶対に失ってはならない宝物です」と語る苗代さん。穴水町単体では十分な数を確保できない時期もある中、近年は隣接する七尾市中島町などと手を取り合い、エリア全体で能登かきという一つのブランドとして育て、発信する取り組みを進めています。個々で競い合うのではなく、能登全体がスクラムを組めば大きな相乗効果が期待できると、未来を見据えています。
暗闇に灯を。コンテナホテル「TOMORU」への想い
震災の爪痕が深く残る中、苗代さんは2025年、もう一つの大きな挑戦に打って出ました。それが、穴水町に誕生した無人のコンテナホテルTOMORU(トモル)の立ち上げです。

震災後、町には全国から復興作業員や専門家、ボランティア、そして里帰りする親族が多く訪れていました。その一方で、地元の宿泊施設はことごとく被災して廃業に追い込まれており、宿が圧倒的に足りない深刻な状況が続いていたのです。
「支援に来てくださる方や実家の様子を見に戻る方々が、泊まるところがなくて困っているという声を何度も耳にしました。まだ一般的な観光客を呼び込める段階ではありませんが、まずはこの町を助けに来てくださる方々が、一日の終わりに温かいベッドで安心して体を休められる場所を作らなければと考え、立ち上げたのがこのTOMORUです」


コンテナの機動性と耐震性を活かしてスピーディーに建設されたこのホテルは、深夜の到着でもスムーズに入退室できるスマートな仕様が特徴です。復興の現場で忙しく働く人々にとって、心安らぐ居場所となっています。
少人数でも高みを目指す――これからの能登の「生きる道」
最後に、苗代さんから能登の皆さん、そして全国の方々へのメッセージをいただきました。
「これから能登の人口が減っていくことは、誰もが分かっている避けられない現実です。ただ、たくさん人がいなければできないことと、人数が少なくてもできるやり方は違います。人口が減るという現実をまず受け入れ、その上で何ができるかを一緒に考えていきたいです。例えば、11人集まらないからサッカーができないというなら、ひとりでできる競技で高みを目指すというような、発想の転換が必要です」
さらに、能登に心を寄せてくださる全国の方々へ向けて、こう言葉を続けます。
「震災から時間が経ち報道も少なくなりましたが、地元の人々はあの日から毎日淡々と、目の前にあることを一つずつこなしています。観光でも仕事でも、とにかく一度能登へ足を運び、現状を自分の目で見て何かを感じてほしい。それが一番の復興支援になります」
インタビューの締めくくりに、「これからも穴水のために、頑張っていきます」と、前を見据えて微笑んだ苗代さん。
静かに、しかし力強く語るその言葉は、まるで穴水町の未来を優しく照らす、復興への希望の灯火そのもののように感じられました。
有限会社SIC 企業詳細
住所:石川県 鳳珠郡穴水町字大町ヨ部5番地5
電話番号:0768-52-2863
コンテナホテル TOMORU 施設概要
住所:〒927-0026 石川県鳳珠郡穴水町大町リ−13−1
公式HP: https://tomoru-anamizu.com/


















