事業者に寄り添い続けた七尾商工会議所の伴走支援❘七尾市

 202411日、能登半島を激震が襲ったあの日から、2年以上が過ぎました。今も、七尾市内のいたるところで地元の事業者たちが再建への道を歩んでいます。その歩みを進められた背景には、七尾商工会議所の地道な伴走支援がありました。

 今回、理事事務局長の楠茂浩さんと、中小企業相談所長の宮田良一郎さんにお話を伺いました。被災直後の混乱、行列ができた相談窓口、そして能登の復興への願い――その言葉の一つひとつに、被災地で踏ん張る人たちへの深い思いがにじんでいました。

通信網の断絶

 地震が起きたのは、午後410分のことでした。会議所は休業日でしたが、楠局長は4時半頃出社し、状況を確認するとともに、避難してくる人がいるかもしれないと、非常灯が消えてしまうまで3時間ほど様子を見ていました。ただ、津波警報が出ていたこともあり、海に近い会議所に来られる方はいなかったそうです。

 七尾商工会議所の建物自体も、被害は免れませんでした。通りに面した側はまだましでしたが、隣の神社側の地盤が大きく陥没し、給排水管が1メートル以上も落ち込んでしまいました。水道が使えるようになったのは、夏を過ぎてからのことでした。その間、駐車場に仮設トイレを設置し、事業者や来訪者に対応し続けました。

 さらに追い打ちをかけたのが、通信網の断絶です。会議所の電話も、FAXも、インターネットも使えない状態が、約1か月続きました。それまでは、館内で1本だけ生きていた支援機関の電話回線を借りて会議所の電話を使えるようにし、インターネットはポケットWi-Fiを使ったり、4階のテナントの部屋から100メートルのLANケーブルを引かせてもらったりして通信を確保していたそうです。

14日に業務開始

 そんな状況の中、七尾商工会議所は全職員と家族の無事を確認し、14日から業務を開始しました。まず取り組んだのは、会員事業者の被害状況の把握です。郵便も届かない中、メールやLINEで連絡がとれる事業者へアンケートを送り、「被害はありましたか」「どの程度ですか」という、シンプルだけれど切実な問いを届けたそうです。
その結果、回答されたほとんどの事業者が何らかの被害を受けており、半数以上がその被害が深刻であったことがわかりました。

 「我々も被災者なんで」と宮田所長は笑いながらおっしゃいましたが、その言葉には自らも傷を負いながら動き続けた日々がにじんでいました。日が暮れるのが早い1月のこと、早く帰ろうと言いながらも、アンケートで集まった声を要望としてまとめ、国や県などと共有したのです。

 1月中旬には、国会議員・県会議員に対する緊急要望書を提出。その後、2月には小規模事業者持続化補助金・災害支援枠の説明会が始まり、31日には七尾商工会議所の会館で100名を超える事業者が参加する大規模な説明会が開かれました。「チラシや要項を全会員に封書で送って、それを持って相談に来てくださったんです」と宮田所長。その封筒を手に訪ねてきた事業者が行列をつくった日の光景は、今も目に浮かぶと話してくれました。

 

10年分以上の申請を2年でやった

 申請サポートの件数は、震災後の2年間で累計706件に上ったといいます。通常年間50件ほどが全国平均の120%と言われる水準だったところ、その10年分以上を一気にこなした計算になります。「もういいかなと思うくらいやりましたよ」と宮田所長は苦笑しながら、それでも誇らしそうに話してくれました。

 体制づくりも工夫の連続でした。石川県商工会議所連合会から指導員の応援を受け、中小機構からは専門家を派遣してもらい、日本商工会議所の支援も活用しながら、通常より34名多いスタッフで申請サポートに当たりました。それでも行列ができたそうです。

 補助金の使いにくさについての声も、正直に話してくださいました。「他所の災害時のやつをそのまま持ってきただけで、こっちと合わないんです。今もそう思います」と宮田所長。それでも「それしかないなら、なんとかそれを使えるように考える。ないよりはいい。」と、事業者の気持ちに寄り添いながら、一件一件、当てはまる制度を一緒に探していきました。使いづらい点の改善を要望として国や県に届け、少しずつ制度が改善されていったケースもあるそうです。

商工会議所だからできたこと

 行政とは距離があるけど、商工会議所は近いと感じて相談に来られる事業者さんも多いようです。

「自分だけじゃできんかったけど、あんたらが手伝ってくれたからできた」

補助金申請を終えた事業者さんからかけられた言葉が忘れられないと振り返ります。会員さんから、

「行きつけの床屋が困ってるから行ってみて」と紹介されたこともあるそうです。

そんな口コミが自然と広がっていったのも、地域に根ざした組織ならではの信頼があってこそでしょう。

 一方で、廃業の増加という厳しい現実も。令和7年度の退会者のうち、半数ほどが廃業が理由でした。年齢的なこともあり、震災を機に店を畳んだ方も少なくないようです。それでも

「無理だという思い込みがなければ、事業承継で続けられる場合もある」と宮田所長は語ります。

「なりわい補助金が第三者による承継にも活用できることを知らずにやめてしまうのはもったいない」
そんな思いから、承継の相談にも丁寧に向き合っていらっしゃいます。

和倉温泉の復活を、能登全体が待っている

 話は、能登の経済の核心へと移りました。

「和倉温泉が動かない限り、仕入れをしていた周辺の業者さんも動けない」と楠局長。鮮魚の仲卸、浴衣のクリーニング、お菓子屋さん——和倉を取引先としていた事業者は幅広く、その影響は計り知れません。「今は建設バブルで動いている部分はある。でも、それが落ち着いた後が本番」という言葉も印象的でした。

 販路の拡大という面では、震災後から大阪や東京の物産展・展示会への出展支援も続けてきました。「BtoCで場を作りながら、本当の目的はBtoBのつながり」と宮田所長。鯖江の眼鏡業者から学んだという手法で、売り子が商品の背景を語ることで購買へとつなげていく取り組みは、能登の産品に新しい光を当てています。

「俯瞰して見る」——復興に必要なもの

 インタビューの最後、お二人の話は能登の将来像へと向かいました。
いまだ再建への道半ばという事業者も少なくありません。世界情勢の影響で、計画通りに進まなくなっている状況でもあります。

「頑張ろうって言いたいけど、何に向かって頑張るのかがわからない。全体の方向性が見えないという難しさもあります。それぞれで頑張っている人たちもいるんですが…」と宮田所長。
その言葉が、地域の今を正直に映しているように感じました。

 そんな中に希望の光もあります。20263月、能登経済復興広域連携協議会が設立されました。能登の3商工会議所・9商工会をはじめ、自治体、教育機関、金融機関が一体となり、市町の枠、経済団体の組織の枠を越えた広域の経済再生に取り組むことを目的として設立されたそうです。
協議会の会長に就任した七尾商工会議所の杉野会頭は、日頃から職員の方に能登を俯瞰して見ることの重要性を訴えていたとのことです。

 「『能登を俯瞰して』と、会う度に言われます。」
楠局長は、それが会頭のミッションだと受け止め、小さくてもいいから成果を出していこうという機運が高まっていると感じています。

 杉野会頭が目指されるように、能登全体の将来像や進むべき方向が広く共有されるとき、それぞれの頑張りが一つの大きな力になり、能登の復興が大きく進み出すのかもしれません。

そんな未来に向かって、地域の事業者に寄り添い続ける七尾商工会議所の伴走支援は今後も続きます。

七尾商工会議所 企業詳細

住所: 石川県七尾市三島町70−1

営業時間: 月曜 - 金曜: 08:30 - 17:00

電話番号: 0767-54-8888


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