恵寿総合病院の「能登の奇跡」を舞台裏で支えた陰の立役者たち

2024年11日、能登半島を大きな揺れが襲った直後も、七尾市の恵寿総合病院では電気が灯り、水が流れ、手術室が動き続けていました。能登の奇跡と称され、理事長や理事長補佐がその経緯を全国各地で語ってこられましたが、今回のとルネの取材に対応してくださったのは、理事長の奥様であり常務理事を務める神野厚美さんと、娘さんで麻酔科医の神野彩さんです。「人前で話すのは理事長の方が上手なので」と笑いながらおっしゃるこのお二人が、まぎれもなく奇跡の舞台裏で活躍されてきた陰の立役者でした。

誕生日ケーキが食べられなかった、11

「ちょうど、ケーキが出てくる前だったのですよね」

彩さんはそうおっしゃいながら、少し笑われました。実は11日は、神野正博理事長と息子の正隆理事長補佐、お二人そろっての誕生日なのです。神野家にとってお正月は家族が集まる特別な日であると同時に、親子の誕生日を祝う日でもあります。あの日も家族全員がリビングに集まって誕生日会の準備をしていました。お子さんたちを合わせると総勢十人。午後410分すぎ、ケーキが出てくる直前に揺れが来たのです。

玄関を開けたら、目の前の地面がガバッと割れていたそうです。何とか外に出ると、今度はドアが歪んで閉まらなくなっていました。まずは緊急の対応に備えて、外科医である理事長と麻酔科医の彩さんが真っ先に病院へ向かわれました。恵寿総合病院は、七尾湾に面して建てられています。津波警報の鳴り響く中、本来逃げるのとは逆の方向、まさに日本で一番海に近い病院へと向かって行かれました。途中、七尾湾へと市内を流れるみそぎ川沿いの道をあえて選び、「このくらいの波なら大丈夫」と水位を確認しつつ病院へ向かわれたそうです。

「医者なので、病院に患者さんがいたら行くしかないのですよ。言われなくても、みんなそうします」

厚美さんは小さなお子さんたちと一緒に自宅に残られました。自宅の玄関からは病院が見えるそうです。揺れの後も、本館の建物は水平に保たれたまま。「あ、大丈夫だ」と思われたそうです。なぜそれが分かったのか。それが、この取材の核心につながっていきます。

ちなみに、誕生日ケーキはそのまま腐ってしまったそうです。「気がついたら冷蔵庫にあって、どうしようって。食べられないから捨てるしかなかったです」こんな裏話を聞かせていただけたのも、のとルネの取材ならではでしょうか。

「やりすぎ」でよかった──「生きるを応援する」を建物にも込めて

恵寿病院の本館は免震構造で建てられています。ただ、私立病院が免震で建てることは容易ではありません。公立病院に比べて補助金は圧倒的に少ないのに、診療報酬は全国一律で、経営的にコストをかける余裕などほとんどないのが現実です。

「建てたいけど…建てられるかな、建てられないかな、って思っていました」と厚美さんは正直に話してくださいました。それでも決断できたのは、『「生きる」を応援します』というこの病院のミッションがあったからです。実はこのキャッチフレーズ自体も、厚美さんが作られたものなのです。「生命としての生きるも、生活としての生きるも、人生としての生きるも。全部の生きるを応援するっていう意味なのです」。

コストを最大限に削減しながら、かけるべきところには徹底的にかける。その実現を任されたのが、当時まだ職員でもなかった厚美さんでした。

厚美さんのもともとのご専門は文学部・言語学。主婦として20年近く家族を支えた後、40歳を超えてから、リスキリングで大学の建築学部で学ばれたそうです。「図面を引くのは下手ですよ。『図面で1ミリずれたら、現場では10センチずれるよ』って注意されたりして。でも、建物が好きだったのです」

病院の内情を知りながら建築の知識も持つ人材など、普通はなかなか存在しません。本館を建てるとなったとき、厚美さんは自らリーダーとなるべく手を挙げられました。そして、建築準備室長として本館の設計・施工管理の一部担い、完成したのが2015年のことです。マグニチュード9でも残ると言える建物だといいます。
「あの建物だけは、地域が全滅しても立っている。その時に1週間、入院患者全員を籠城させられるだけの備えをしています」

夜間離発着可能なヘリポートを設けたのも、能登半島そのものが壊滅的な被害を受けるという最悪の事態のときにでも、患者さんを外部に搬出するための手段を確保するためです。
本館の入り口が地面から少し高い位置に建てられているのは、津波を想定した高さ確保のためでもあります。「上るのが不便というのもわかっていますが、それでも、すべてに理由があります」と厚美さんはおっしゃいます。

 BCM5.0──あの日の経験を、次の命綱へ

建物が完成した翌2016年、厚美さんは病院の事業継続計画(BCP)の作成に着手されました。しかし、30施設以上を管轄するグループ全体を統括できるBCPはどこを探しても見当たりませんでした。そんな中、内閣府が公表していた事業継続マネジメントの第三版を見つけ、「これだ!」と確信されたそうです。

それを元に作られたのが、BCM(事業継続マネジメント)第1.0版。完成まで約2ヶ月。その後も改訂を重ね、地震・雪害・台風・感染症を次々と盛り込んできました。そして今回の能登半島地震の経験を踏まえたバージョン5.0が最新版です。

社外秘の中身を少し拝見しました。マニュアルというと、詳しければ詳しいほど、どこに何が書いてあるかがわかりにくく、緊急時には使えないということがありがちですが、こちらは、驚くほどわかりやすい。写真や図などがふんだんに使われており、パッと見て理解しやすく工夫されています。中でも注目したのは、最後の方にまとめられていた切り取って使えるカード集

今回の地震で実際に必要だったいろんな種類のカードが、切り取るだけで使えるようにしてありました。例えば、「このトイレは使えません」とか。
特別に一部撮影させていただきました。

「警察に止められた時に、病院職員だと証明できるカードを出せば通してもらえたと後から知りました。今回それがなくて、病院に向かっていた職員がたどり着けなかったケースがあったのです。だから今回のバージョンで加えました」

冊子は職員に配布済みで、それぞれの手元にある前提で設計されています。印刷できない状況までも想定し、切り取るだけで使えるように準備されています。

電力については、2系統から受電する仕組みが整備されており、1系統が止まっても瞬時に切り替わります。無停電電源装置(UPS)に繋がったコンセントは、約90秒後に復旧する非常用発電機系は、普通の商用電源はと色で区別。これが分かっていれば、停電の最中でも必要な医療機器を何に繋げばよいか、患者さんのご家族への説明も迷わずにできます。

「患者さんのそばにいるのは看護師さんや介護士さんです。その人たちが知らなかったら話にならない。私が全員に説明して回るわけにはいかないので、みんなに覚えてもらうためのeラーニングを40講座以上作りました」

そのほとんどを、厚美さんが一人で作られたそうです。作業をしていて気づいたら朝になっていたという日も珍しくなかったそうです。しかもこのeラーニングは、視聴しないと昇給に響く仕組みになっているというから、その徹底ぶりには、思わず唸らされました。「正直言うと、設備や構造は、興味の少ない分野だと思います。でも有事の際には設備の知識が大切なのです。繰り返し学ぶことで、何となく染み込んでいくものです。」

そしてその成果は、震災当日にはっきりと現れました。「常務、トイレは1個閉じてくるのですよね」と声をかけてきた職員がいたのです。節水のためにトイレブースを閉める手順を、eラーニングでしっかり覚えていてくれたのでした。

ちなみに、「いつものBCM、もしものBCP」というキャッチーなフレーズも厚美さん作だそうです。

4000件の工事を、Teamsとポストイットで仕切った

震災直後に立ち上げた危機管理統括本部。給食・物品・施設・医療・応援部隊・記録の6班を編成し、各班に責任者を一人置きました。施設保全班の責任者は、厚美さんです。

グループ全30施設に及ぶ被害を洗い出し、4000件以上の工事を優先順位をつけながら2年間で完了させました。情報はMicrosoft Teamsに集約し、既読の「いいね」で確認を示します。付箋をホワイトボードに並べ、朝7時から夜9時まで対策本部に詰め、業者との調整、判断、記録を繰り返されました。

「一気に全部の修繕は無理なのです。だから『全部私に報告してください、蛍光灯が切れましたでも構わないから』と言って。全部把握してから優先順位をつけていきました」

2年間の工事が完了したのは、昨年12月のことです。「やっと一息ついた」とおっしゃる表情は、晴れやかでした。

2500の桜と、147本の動画

クラウドファンディング復興の桜。震災後わずか数日でページを公開し、2500件以上の支援を集めたことは広く報じられています。でも、その担当者が、危機管理統括本部に詰めていた厚美さんと映像担当のスタッフだったことはほとんど知られていないのではないでしょうか。

「言い出したのは、理事長補佐ですが、気がついたら私がやることになっていました」と、厚美さんは笑われます。ページの構成を考え、文章を作り、そこでリターン品がないことに気づかれた厚美さん。「被災地では何も作れないから、リターンには被災の現実とそれに立ち向かう職員の元気な姿を出すしかない。だから動画を毎日1本アップすることにしました」
ここまですべてをあの混乱の中、数日でやり遂げられたというから驚きです。

動画担当は若いスタッフの方。「毎日どこかを撮ってきて。夕方までに私に見せて。悲しいトーンはなし。明るく元気に現実を捉えて」。そう指示して、147本続けました。支援してくださった2500件の方々全員がメッセージを寄せてくれたそうです。

「下ばかり見ていた私たちに、これだけの人が応援してくれているのだって気づかせてくれました。そのメッセージを全職員に届けたかった。だから2500枚、桜の花の形に切って、職員みんなに書いてもらって、合わせて5000輪を吹き抜けの天井まで貼ったのです」

天井まで貼るにはしっかりした足場が必要でした。工事の業者さんがいてくださったから、実現できたのです。「毎日震災ででこぼこした道路を歩き、下ばかりむいていましたが、上を見上げて顔を上げてほしかったのです。」
工事の様子はこちらで紹介されています。

5000輪の桜は今も大切に保管されているそうです。各施設には1本ずつ桜の木の形に配置され、入所者の方々も一緒に眺められるよう飾られていました。
※復興の桜の写真と動画は恵寿総合病院様よりご提供頂きました。

能登で生きる希望

「行動していると力が湧いてきます。止まったら悲しみだけが来る。だから止まらなかった」

彩さんが、穏やかにおっしゃいました。取材の最後に能登の今後についてうかがうと、お二人はよどみなく、能登への熱い想いを言葉にされました。

「希望がないと人間は生きていけない。震災直後に一番悲しかったのは、希望が消えていくことだったのです。だから希望を作っていくことが大事だと思う」と厚美さん。「行政だけじゃなく、私たちもここで生きる。この地域が好きなのです」

彩さんも頷かれます。「いろんな病院、いろんな土地に行ったけど、ここの人たちの生活が一番豊かだと感じるのですよ。時間の使い方も、暮らし自体も。自分たちが実は豊かだって気づいてほしい。そうすれば、逃げるのではなくて、ここで暮らすことを選べると思うから」

取材が終わり、写真をお願いすると、お二人は笑顔で応じてくださいました。「裏話ばかり出てきてしまったかな」と厚美さんがおっしゃいました。でも、そうではないと思います。これが、奇跡の正体なのです。

準備し、作り、教え、記録し、仕切り、動かし、止まらない。それを何年も前から、静かに、丁寧に、楽しみながら積み重ねてこられました。取材を通じて、「好きだから」という言葉が何度も出てきました。防災を義務としてではなく、好きなこととして続けてこられたお二人がいた。

今回知りたかった能登の奇跡の舞台裏は、想像以上に驚きにあふれ、また楽しく、頼もしいものでした。まさにここにも能登の希望があると感じられた時間でした。

恵寿総合病院 企業詳細

■ 基本情報

  • 正式名称:社会医療法人財団 董仙会(とうせんかい) 恵寿総合病院

  • 住所:〒926-8605 石川県七尾市富岡町94番地

  • 連絡先(代表番号):0767-52-3211

  • FAX番号:0767-52-3218

  • 公式ウェブサイトhttps://www.keiju.co.jp/

■ 社会医療法人財団 董仙会 グループ施設一覧

事業(病院・クリニック・診療所)

  • 恵寿総合病院(七尾市)

  • 恵寿金沢病院(金沢市)

  • ローレルクリニック(金沢市)

  • 鳥屋診療所 いきいき(中能登町)

  • 恵寿鳩ヶ丘クリニック(穴水町)

介護・在宅・福祉サービス事業

  • 介護老人保健施設 和光苑(七尾市)

  • 介護医療院 恵寿鳩ヶ丘(穴水町)

  • ケアマネステーション 恵寿

  • 福祉用具レンタルステーション めぐみ

  • 恵寿総合病院 訪問看護ステーション

  • けいじゅ金沢 訪問看護ステーション

  • 訪問リハビリステーション 恵寿

  • 恵寿訪問リハビリテーション事業所 「けいじゅ金沢」

  • 通所介護事業所 ほのぼの

  • 小規模多機能型居宅介護事業所

  • 高齢者複合施設 ローレルハイツ恵寿

サポート部門

  • けいじゅデリカサプライセンター

 


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