今こそ能登でしょ!――「変えないのは理念だけ」数馬酒造が挑む再現性のある復興|能登町

明治2年(1869年)創業の老舗酒蔵・数馬酒造株式会社の五代目蔵元、数馬嘉一郎さん。24歳という若さで東京のコンサルティング会社から家業へと戻り、それまでの季節雇用や泊まり込みといった酒造りの慣習を次々と見直し、持続可能な醸造環境づくりを牽引してきました。地域の農家と連携した耕作放棄地の開墾、そして2020年からは全量能登産のお米で酒を醸すオール能登のものづくりなど、早くから強固な経営基盤と地域経済の循環を築いてこられたリーダーです。

しかし、そんな歩みの途上で迎えたのが、2024年1月1日の能登半島地震でした。木造の蔵が激しく傾き、壁面は崩落、出荷を待っていた800本を超える大切なお酒の瓶が床に割れ散るという甚大な被害を受けました。自らの蔵も深く傷ついた絶望的な状況下にあって、数馬さんは発災からわずか3か月という驚異的なスピードで酒造りを再開させます。

現在は、被災した蔵の解体と建て替えを同時並行で進めながら、地震前の姿に戻す(復旧)のではなくさらに進化した強い形で立ち上がる(復興)という未来だけを見据えて突き進んでいます。

なぜこれほど圧倒的なスピードと揺るぎない確信を持って動くことができたのか。そのお人柄や経営哲学、そして100年先の能登に懸ける熱い想いに深く迫りました。

「残されたもの」への純粋な感謝

2024年1月1日、激しい揺れが能登を襲ったとき、数馬さんは地元の避難所で夜を過ごすことを余儀なくされました。そして翌1月2日、数馬さんは弟さんと共に被害を受けた自社の蔵へと初めて足を踏み入れます。

目の前に広がっていたのは、無残に壊れた建物の姿と、床一面にこぼれ落ちて割れ砕けた大量の酒瓶でした。心身ともに疲弊し、誰もが「もう終わりだ」と立ち尽くしてしまいそうな状況です。しかし、数馬さんはその日の日記に、驚くべき言葉を残していました。

「2日の日に蔵を見に来て、確かにダメになったものもたくさんありました。けれど、壊れていない設備や、割れずにちゃんと残ってくれた商品があった。日記には、ないものを見るのではなく『残ったものがあったことに対して感謝』と書いたんです。まずは素直に、残ってくれたものに感謝しようと」

失われた莫大な財産を嘆くのではなく、目の前にある残された可能性に目を向ける。このすばらしくポジティブな物事の捉え方こそが、数馬酒造の復興物語のすべての始まりでした。

 

 

「お前の強みを活かせ」仲間の言葉で定まった旗振りの覚悟

発災後、自社の立て直しの方針を模索する一方で、数馬さんの心は揺れ動いていました。地域では経営者仲間や住民たちが必死になって炊き出しを行い、物資を融通して助け合っている。その姿を前にして、「自社のことだけをやっていていいのだろうか、地域のために僕も現場に飛び込んで何かできることをすべきではないか」という葛藤が生まれたのです。

その時、地元の仲間たちに相談したことで、数馬さんの進むべき道が明確に定まりました。

「何人かの仲間に相談したのですが、全く同じフレーズが返ってきたんです。『お前は復興の旗を振れ』と。それともう一つ、少し不器用な、でも温かい言葉も言われました。『復旧の現場に来ても多分お前役に立たん。そっちじゃないやろ、お前の強みを活かすのは』と。現場の最前線で瓦礫を片付けたり、物資を回したりするのが得意な人は他にたくさんいる。お前の役割は、そこではなく、誰よりも先に進んで、徐々に未来の兆しを周りに見せてあげることだろう、と言ってくれた。何人もの仲間にそう背中を押されたことで、『じゃあ、僕はそっちの役割で行くわ』と腹が決まりました」

周りの仲間たちが、日頃から数馬さんの強みだけでなく、何が苦手かまで深く理解してくれていたからこその言葉でした。「お前は自社を立て直して未来を見せてくれ」という仲間の信頼を受け止め、数馬さんはプレッシャーを責任感へと変え、やる一択の覚悟で歩み始めます。

その確固たる自信の根拠を尋ねると、「根拠なんてないですよ」と数馬さんは笑います。 「ただ、24歳で会社を引き継いでから16年間、自分一人ではどうにもならないような困難を何度も経験してきました。その経験から『必ずなんとかなってきた』という確信がある。目の前の1個ずつの行動でしか未来は変えられない。それは嫌ほどわかっているから、ただそこに集中するだけです

学びの引き出しを全開に。再現性のある復興と「属人性」の排除

震災から3日目の1月3日、数馬さんはこれまでの経営者や読書から得た膨大な知識の中から、ある強力な概念を引っ張り出します。それが、不確実性の極めて高い状況下で優れた起業家たちが用いる意思決定の理論エフェクチュエーションでした。

「今回はどれが一番、経営の原理原則として応用できるだろうと考えた時に、この思考回路が、相性がいいと確信しました。そこからは、自分がコントロールできないこと(人口減少や震災の規模など)に悩むのを一切やめ、自分がコントロールできる目の前の行動だけに集中しようと3日の日に決めたんです」

方針が決まると、すぐに社内の責任者を集めて復旧の優先順位を共有し、1週間は休業としました。そしてその1週間の間に、数馬さんは凄まじい行動力でデータを集めに行きます。過去に震災に遭った東北の酒蔵へ次々とヒアリングを行い、今後何が起きるか、どう動くべきかの知見を蓄積。さらに、冬場だけでなく年中お酒を造る四季醸造を行う酒蔵にもコンタクトを取り、夏場の暑い時期でも酒造りを継続するための設備投資計画を、わずか1週間で練り上げたのです。

「自分だけの力で解決しなくていいと思っているんです。ふさわしい知識や経験を持つ方から教わる。実践している複数人に聞いて、その『共通項』を抜き出す。そうすれば打率(確度)の高い意思決定ができる。自分が足りないと分かっているからこそ、すぐに聞きに行く癖がついているんです」

この徹底した論理的アプローチの背景には、数馬さんの属人性を排除するという経営哲学があります。

「僕は社員さんのことがすごく好きで、本当に大事だと思っています。だからこそ、社員さんから『なぜ社長はこういう意思決定をしたんですか?』と聞かれた時に、全部ちゃんと論理的に答えられる経営者でありたい。『なんとなく』とか『勘だから』では、もし自分に何かあった時に会社が弱くなってしまう。言葉にして理由を説明できないことは、極力やらない方がいい。復興についても、オリジナルなやり方ではなく、誰もが再できる原理原則に則って進めることで、いつか同じように災害で困った別の誰かへ、その知見を渡すことができる。それが、助けてくださった全国の酒蔵さんへの一番の『恩送り』になると思っています」

ピンチを最大の成長機会に。実働7時間・土日休みの「全体最適」

「震災があって進化した、という未来しか最初から見ていませんでした」 そう語る数馬さんの言葉通り、数馬酒造の現在の復興プロセスは、業界の常識を覆すイノベーションの連続です。

建物の倒壊により、お酒を長期間ストックしておく場所が失われてしまいました。通常なら致命的な制限ですが、数馬さんはこれを「仕込みの期間を延ばして造る」というアイデアで解決します。これまで冬場の半年間に凝縮して造っていたものを、新たに導入した設備を活用して9ヶ月間に延ばして製造。仕込みの総量は一切減らさないまま期間を延ばすことで、需要と供給のバランスを維持しながら保管する物量を最小限化したのです。さらには、なんとこのタイミングで「土日休みの酒造り」を実現させます。加えて、それまでの1日8時間の実働時間を、一気に「7時間」へと短縮しました。

製造期間を延ばすことにより、余裕を持った醸造スケジュールを組むことができたので、なんとこのタイミングで土日休みの酒造りを実現させたのです。さらには、それまで当たり前とされていた1日の実働時間を一気に 7時間へと短縮させました。

「普段の経営では、色々な工程の『部分最適』を積み上げていました。でも、一度すべてが完全に止まったからこそ、今しかできない『全体最適』の理想の設計図を描くことができた。数年後に行きたかった理想の未来へ、良い方向に一気に加速しました」

この過酷な変革を支えたのは、数馬酒造が誇る強固なチーム力でした。ご自身も被災して大変な中、津波によって流れ込んだ泥をかき出し、割れた瓶を黙々と片付けてくれた社員たちの姿。お正月に能登以外の実家に帰省していたにもかかわらず、「自分の地元は水が出るけれど、能登の蔵が心配だから」と、わざわざ不便な被災地へと駆けつけて復旧作業を共にしてくれた社員たちの存在。

さらに、全国のファンや飲食店から届いた応援も大きな励みになりました。飲食店でお酒を飲んだお客様からのメッセージがびっしりと貼られた一升瓶が届くなど、全国からの温かい愛が蔵の中に飾られ、社員一人ひとりの心を奮い立たせたのです。

「数馬酒造の経営理念は『能登を醸す』です。最初からこの理念に共感してくれた同じ思いを持つ仲間たちでチームを組んでいるからこそ、新しい未来を示した時に、誰一人として反発する人はいませんでした。本当に社員のみんなには感謝しかありません」

暮らしの8時間を豊かに――3年で100の事業」を創る大きな挑戦

数馬さんは現在、自社の完全復興に向けた指揮を執る傍ら、自身の時間の多くを能登全体の未来へ投資しています。それは、一般社団法人能登乃國百年乃計が進めている、3年間で能登に100個の新しい事業を創出・育成するプロジェクトの責任者としての活動です。

このプロジェクトには、県から配属された起業伴走支援専門の地域おこし協力隊3名、コンサルティング会社アクセンチュアからの出向メンバー2名、そして数馬さんが集結し、非常に強力な布陣で挑んでいます。

「外貨を能登に呼び寄せ、人やコミュニティを引き寄せるためには、『事業』という経済の機能が一番必要です。例えば、働く時間8時間・寝る時間8時間、そして暮らしの時間が8時間と考えると企業として働く時間に対してアプローチはできますが、暮らしの時間に対しても何かできることはないかと考えています。

能登に残ってくれた社員、そして震災後にわざわざ能登を選んで入社してくれた社員たちの選択を、絶対に『正解』にしたい。そのためには、食事や余暇を楽しむ場所など、能登に住む人々が豊かさを実感できるサービスの選択を増やす必要があると考えています」

プロジェクト開始からまだ半年ですが、すでに数十社の具体的な伴走支援がスタートしており、100という数字は確実に達成できると考えます。「まずは100の事業という『第1波』を創り出すことで、それを見た次の世代が『だったら自分も能登でやってみよう』と思える大きな『第2波』を呼び起こしたい」と、その目は能登の持続可能な未来を確実に見据えています。

数馬さんにとって能登の最大の魅力は、まさに顔の見える暮らしの豊かさにあります。 「知り合いが作ったお米を食べ、友人が獲ってきた魚や、近所のおばあちゃんが育てた野菜をいただく。そこに自分たちの造ったお酒を合わせる。2週間ごとに移り変わる豊かな四季の旬を、大好きな人たちの顔を思い浮かべながら食卓で味わう。こんなに贅沢で幸せな生活は他にありません。明確な理由がある好きではなく、何もないのにただ居心地が良くて好き。それが僕にとって一番強い『能登愛』なんです」

逆張りこそが勝つ道。チャレンジ精神を持つ同志たちへ

インタビューの最後、数馬さんは能登の未来に挑戦しようとする地域外の若い世代、そして共に歩む同志たちに向けて、熱いエールを送り届けてくださいました。

「世の中にある『人口減少』などのニュースは、ただの事実や情報に過ぎません。それをマイナスと捉えるか、プラスに変えるかはその人の自由です。今、この課題先進地と呼ばれる能登で、誰もが驚くような美しい復興の形をお見せできれば、それは理論上、今後の日本全体の大きな模範になれる。そういうワクワクするポジションに、今の能登はあるんです」

さらにこう続けます。

「もし僕が今、就活や転職を考えている20代、30代の若者なら、絶対に能登を選びます。みんなが離れていくタイミングで逆張りをし、あえてこの厳しい環境に身を置いて『能登で挑戦してきました』と言える人間の方が、長期的な人生のキャリアにおいて有利に働くこともあるかと思いますし、何より周囲から面白がられます。自分の価値観や生き様を世の中に証明する、これ以上ないチャンスです。――今こそ能登でしょ! と思っています。この場所で一歩を踏み出す人は、これまでの歴史や経験なんて関係なく、全員が大切な僕の同志です。必要な方がいれば、われわれのチームで伴走しますし、素晴らしい仲間たちを喜んでご紹介します」

また、ご自身のスタンスについてこう語ります。

「困っていない状態って逆に危機感を感じるんです。挑戦しているか。できないことができるようになる、成長を実感する時が幸せなので、僕はただ自分の幸せを追求しているだけなんです」そう穏やかに笑う数馬さん。

なんとなくを徹底的に排除し、内省を繰り返してきたからこその、重みと説得力のある名言が続々と飛び出し、驚きと感動、そして希望にあふれた時間となりました。まさに、これからの能登が必要としている、復興の未来を力強く引っ張るにふさわしい素晴らしいリーダーです。数馬さんの能登を醸すという熱い情熱とチャレンジ精神に賛同し、この激動の能登という舞台を自らの人生の挑戦の場として選ぶ若者が一人でも多く現れることを心から願っています。

 数馬酒造株式会社 企業詳細

所在地: 石川県鳳珠郡能登町宇出津ヘ-36
TEL :0768-62-1200
FAX :0768-62-1201
E-mail :chikuha@kazuma.co.jp
URL :http://chikuha.co.jp
事業内容 :清酒製造・販売 (清酒・醤油、リキュール製造・小売・アルコール等全種・卸販売)
代表銘柄: 竹葉 ちくは


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