
能登半島地震から、すでに2年半が経ちました。道路がだいぶ直り、建物の解体が進み、街の風景は少しずつ姿を変えてきました。けれど、その見える変化の裏側に、どれほど地道な作業が積み重ねられてきたか、私たちはあまり知りません。今回お話を伺ったのは、建設コンサルタント業を営む株式会社地域みらいで営業を担当する浜田さんです。聞き慣れない仕事の内容と、震災後にその仕事がどう能登を支えてきたのかを教えていただきました。
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「測る」「描く」「橋渡しする」――知らなかった建設コンサルタントの仕事
地域みらいの仕事は、大きく3つの柱からなっているといいます。ひとつは空間情報。ドローンなどを使って現実の地形を数値化し、図面に落とし込む測量の仕事です。もうひとつは設計。測量したデータをもとに道路や施設をどう直していくか計画を立て、図面を引く仕事です。
そして3つ目が補償という聞き慣れない仕事で、浜田さんに特に詳しく説明してもらいました。
「例えば新しく道路を作るとき、個人の家が計画地にかかってしまうようなことがあります。そうなると立ち退きが必要になりますよね。そのとき、家の価値や、どれくらい影響を受けるかを国の基準に沿って算定するのがこの仕事です。行政と住民のあいだに立ち、公共事業を前に進めるための土台を整える、いわば橋渡し役なんです。」
言われてみれば、確かに必要な仕事ですね。
つまり、実際に建物を建てる工事の、さらに手前の段階(調査・設計・調整)までを一貫して担っているのが、地域みらいという会社の姿でした。取材前は、建設コンサルタントという言葉からは想像できていませんでしたが、設計や測量だけではなく、住民の暮らしと公共事業のあいだに立つ補償という仕事が、道路一本、橋一つが形になっていくのに大きな役割を果たすのだとわかりました。
営業担当が「現場」に立った日
2024年1月1日、地震が発生してから、会社の中の役割分担は一変しました。「営業どころじゃないですよね」と浜田さんは振り返ります。ふだんは営業を担当している浜田さんも、その日から現場のヘルプに回ることになりました。
石川県との災害協定にもとづき、測量設計業協会として、まず取り組んだのが現状把握でした。ドローンを飛ばして空から被害状況を撮影する一方で、上空からだけではわからない部分も多くあったため、川の河口から上流まで、長靴を履いてひたすら歩いて確認して回ったといいます。どこがどれだけ壊れているのかを、一つひとつ写真に収めながら記録していく作業は、半年以上続きました。
※写真は地域みらい様にご提供いただきました。




これまで現場に出た経験がなかったという浜田さんも、人手が足りない中で率先して歩き続けたそうです。当時はご自身の生活もままならず、お風呂に入ることさえ難しいような状況だったといいます。それでも「自分たちが動かなければ、復興は前に進まない」という思いが、体を動かす原動力になったそうです。
ところが、その現状把握がようやく終わりに近づいた頃、追い打ちをかけるように豪雨が能登を襲いました。「何回やり直ししたか分からないくらいです。地形や被害の状況が、また変わってしまったので」と浜田さんは振り返ります。積み上げてきた記録を、もう一度一からやり直す。豪雨後の現状把握が落ち着いたのは、雪が降り始める頃だったそうですが、結局その作業は翌年に持ち越されることになりました。
さらに、発注者である県や市町も、限られた予算と人手の中で優先順位をつけざるを得ません。人が多く行き交う一般道路の復旧がどうしても優先され、林道のように利用者が少ない道は、壊れたままなかなか着手できずにいるといいます。「誰かの生活に必要な道路でも、まだまだ手付かずのところがたくさんあります」と浜田さんは話します。目立つ場所から少しずつ元に戻っていくように見えても、その裏には、こうした積み残しがまだ数多く残っている――浜田さんの言葉から、復興の道のりの長さを改めて感じさせられました。
気の遠くなるような「災害査定」という壁
現状把握のあとに待っていたのが、災害査定のための資料づくりでした。これは、自治体が国から復旧予算を受け取るために欠かせない手続きです。「ここがこれだけ壊れているから、直すのにこれだけ費用がかかります」ということを、写真とデータで証明しなければなりません。
その資料の量は、想像を超えるものだったといいます。一箇所につき数百枚、数千枚という写真をまとめるため、データが重すぎてパソコンが動かなくなることも少なくなかったそうです。最終的には紙に印刷して綴じ、国から派遣される査定官が一箇所ずつ、厳しく確認していきます。「本当に地震で壊れたものなのか」「この直し方は妥当なのか」――そうした問いに、根拠を持って応えられるよう、地域みらいのみなさんは資料を作り込んでいったといいます。
一円でも多く、一箇所でも多く予算がつくようにと願いながら。地味で目立たない作業ですが、この積み重ねがなければ、復興のための予算そのものが下りてこないのだと、浜田さんは教えてくれました。
「コスパ」では測れない、インフラの本当の価値
震災後、能登の人口の少なさを理由に、例えば輪島のようなエリアで「わざわざ道路を直すのはコスパが悪いのではないか」という、いわゆるコスパを巡る議論を耳にすることがありました。浜田さんはこの件について、「壊れたこと自体もショックでしたが、そういう議論の方がさらに悲しかった」と、静かに、しかしはっきりとした口調で振り返ります。
「インフラというのは、そこに住んでいる人がみんな税金を払っている以上、人が多いか少ないかというのとは、本来別の問題なんです」と浜田さんは話します。人口の多さやコストパフォーマンスを理由に整備の是非を判断してしまうのは、以前触れた査定官のような考え方に近いといいます。「その制度は、誰のためのものなのか。誰を見て仕事をするのか、というところが大事だと考えています」。100パーセント元通りに直すことまでは求めないとしても、そこで暮らす人が最低限の生活を送れる水準まで整えていくこと。それこそが自分たちの使命だと、浜田さんは考えているそうです。

この考え方の背景には、北原社長がいつも口にしているという言葉があります。
「地方で会社を残していくために、地方に一番大事なのはインフラなんだ」
インフラがなければ、人はそもそもその土地に入ってこない。人が少ないからインフラを作らないのではなく、インフラを作るからこそ人が来る。住みやすい場所に人は集まり、そこに雇用が生まれていく――この順番こそが、地方を元気にしていくために欠かせないのだと、浜田さんは社長の考えに深く共感しているといいます。
「インフラを作って、人を呼べるようにする。そこに仕事を作る。それがすごく大事だと思っています」――浜田さんの言葉には、目先の効率だけでは測れない、地域を支える仕事への誇りがにじんでいました。
能登での経験を、次の誰かのために
震災後、地域みらいでは新たに6人ほどのスタッフを採用したそうです。「数年で震災関連の仕事は落ち着くから、人を増やすのはリスクだ」と考える同業者もいる中、あえて雇用を増やし、地元に還元していく道を選びました。
また、今回の震災を通じて、ドローンやデジタル技術の有効性を改めて実感したといいます。これまでのやり方に加えて、AIやクラウドを活用しながら、いかに効率よく正確に現状を把握していくか。その模索も、少しずつかたちになりつつあるようです。
「能登の復興はまだ、道半ばです」と浜田さんはいいます。一度直したのに、その後の大雨で再び被害を受けてしまった場所も少なくないそうです。それでも、今回の経験はきっと次に活きる。いつか、どこか別の場所で災害が起きたとき、能登でこれだけの経験を積んだ自分たちだからこそ、力になれることがある――浜田さんは、そんな未来を見据えていました。
全国のみなさまへ
最後に、浜田さんは笑いながら、こんなメッセージを寄せてくれました。「ぜひ、今の能登を見に来てほしいです。そして、美味しいものを食べて、お土産を買っていってもらえたら。それが、私たちにとって一番の支援になりますから」
測量も、設計も、補償も。普段の暮らしの中ではなかなか目にすることのない仕事の数々が、静かに、けれど確実に、能登の復興を支えています。地域みらいのみなさんの歩みは、これからも続いていきます。
株式会社地域みらい 企業詳細
本社住所:石川県鹿島郡中能登町良川へ部32番地
TEL : (0767)74-2121
FAX : (0767)74-0857
代表者:代表取締役 北原良彦
公式HP:https://www.chiiki.co.jp/


















